ウォルマート(米国の大手スーパーチェーン)のレジに立っていた投稿者が、休憩時間に書き込んだ告白。3人家族の会計中に子どもへシールを勧め、母親にも1枚渡したところまでは、感じのいい店員そのものだった。ところが、続けて口から出たのは「で、ダディもシール欲しい?」のひと言。日本語なら何でもないこの言葉が、英語ではなぜ「地面に溶けて消えてしまいたい」ほど恥ずかしいのか。
※注:英語の「ダディ(daddy)」は、幼い子どもが父親を呼ぶときの言葉(母親なら「マミー」)。その一方で、大人が恋人や気になる男性に甘えて呼びかける、口説き文句のような思わせぶりな言葉としても使われる。
何をやらかした?
📌 大手スーパーでレジを担当していた投稿者が、3人家族の会計中に子どもへシールを勧め、「よかったら、みんなでおそろいにできますよ!」と提案した。母親に「はい、お母さんに1枚」と渡したあと、続けて口にしたのが「で、ダディもシール欲しい?」。英語の「ダディ」は、大人が男性に甘えて呼びかける思わせぶりな言葉にもなる。父親は眉を大きく上げて横目でこちらを見ると、妻と子の後ろから目を合わせたまま、にやりと笑った。
事の発端
休憩中に打ち込まれた、できたての告白
「たった今起きたことで、恥ずかしくて死にそうだ。いま休憩中で、これを打っている」。投稿は、そんな書き出しで始まる。
投稿者はその日、ウォルマートでレジを担当していた。3人家族の会計をしていたときのことだ。
張り切った店員の「おそろいにできますよ!」
会計の途中で、投稿者はその家の子どもにシールを勧めた。自分のことを「張り切った店員」と書く投稿者は、そこでもうひと声かける。
「よかったら、みんなでおそろいにできますよ!」
両親は、別に構わないという様子だった。そこで投稿者は、まず母親にシールを1枚渡した。「はい、お母さんに1枚」。
ここまでは、何の問題もなかった。
やらかしの一部始終
続けて口から出た「で、ダディもシール欲しい?」
投稿者は、続けてこう言った。
「で、ダディもシール欲しい?」
その言葉が口を離れた瞬間に、やってしまったと分かった、と投稿者は書いている。時間が止まったように感じたという。それも、自分の愚かさをじっくり噛みしめさせるために、時間のほうがわざわざ止まってくれたかのように。
「お父さん」でも「パパ」でもなく
なぜ、どうしてこんな言い方をしたのか。投稿者は自分を問い詰めている。
「お父さんもシール欲しいですか」ではない。「それからパパにも1枚!」でもない。そうではなくて、よりによって「ダディもシール欲しい?」だった。
幼い子に話しかける調子でなら、ごく普通に使う言葉だ。ただ、大人が大人の男性を「ダディ」と呼ぶと、冒頭の注のとおり、甘えて気を引こうとしているような響きがついて回る。
追い打ちをかけた「接客用の声」
さらに悪いことに、と投稿者は続ける。接客のときの自分の声は、なんというか……女性っぽい。本人の言葉を借りれば「ゲイっぽい話し方」とでも呼ぶべきもので、そのせいで問題のひと言は、ひどく意味ありげに響いてしまったのだという。
眉を上げた父親と、気づかない母親
とどめは、父親の反応だった。眉を思いきり上げて、これ以上ないほど大げさな横目でこちらを見たのだ。
母親のほうは、気づいた様子がなかった。けれど、父親は分かっていた。こちらがやらかしたことを、彼は「分かっていた」。投稿者は、念を押すようにそう繰り返している。
父親は、妻と子の後ろから投稿者と目を合わせたまま、にやりと笑ってみせた。
その後
投稿の本文は、「地面に溶けて、そのまま消えてしまいたい」という一文で終わっている。最後には、こんな要約が添えられていた。「よその家の夫であり父親である人を、ダディと呼んだ。相手はそれに気づき、こちらは無言のまま恥ずかしさを味わわされた」。
その後、投稿者はコメント欄でいくつか補足している。父親は、シールを受け取ってくれたそうだ。あの横目も、悪意のあるものではなかった。「はは、気づいてるぞ」とでも言いたげな横目だったという。それでも、「ただもう、ひたすら恥ずかしかった」と書いている。
海外の反応
1. やらかし名無しさん
最悪の場合でも、知らない人が1週間笑える話のネタを手に入れて、あとはきれいさっぱり忘れるだけだよ。
2. やらかし名無しさん(>>1への返信)
そうそう、大した話じゃない。とはいえ、投稿者が恥ずかしくてたまらない気持ちも、よく分かるんだよね。
3. やらかし名無しさん(>>1への返信)
笑った。自分も別の量販店で働いていたとき、似たようなことをやらかしたよ。いい年をした大人の男性のお客さんに、「ハッピーセットのおもちゃ、いりますか?」と聞いてしまったんだ。前にマクドナルドで働いていたときの癖が、つい口から出てしまって。あのお客さん、そのお父さんとまったく同じ目でこっちを見ていた。あの横目は、4年たった今も頭から離れない。
4. やらかし名無しさん
15年くらい前、保険の事務所で働いていたときの話。契約者さんから問い合わせの電話があって、最後にその人が「じゃあ、ありがとう。愛してるよ」と言ったんだ。何も考えずに「こっちも愛してるよ」と返してしまって。2人とも一瞬黙り込んで、それから笑い出した。
5. やらかし名無しさん(>>4への返信)
分かる。家族や友だちとの電話は「愛してる」で切るのが口ぐせになっているから、その直後に仕事や病院の電話をすると、見ず知らずの相手にまで「じゃあね、愛してる」と言ってしまうんだよ。その瞬間は恥ずかしいけど、たいていは2人で大笑いして終わる。
6. やらかし名無しさん(>>4への返信)
うちの上司も昨日、ものすごく長い電話の終わりに、うっかり「じゃ、愛してるよ」と言ってきた。2人で吹き出したよ。悪気なんてまったく無くて、ただただおかしかった。
7. やらかし名無しさん
口が勝手に動いた話なら、小学生のときに担任の先生を「お母さん」と呼んだことがある。教室じゅうに笑われたあの瞬間を、大人になった今でもはっきり覚えているよ。周りはとっくに忘れているのに、言った本人だけがいつまでも忘れられないんだよね。
8. やらかし名無しさん
子どもと一緒にいると、周りの人からしょっちゅう「ダディ」と呼ばれるよ。まったく普通のことだし、親ならみんな慣れっこだ。
9. やらかし名無しさん(>>8への返信)
自分もそう書こうと思っていた。子どもたちがそばにいるときに「ダディ」と呼ばれても、いちいち気に留めない。実際、自分はダディなんだから。
10. やらかし名無しさん(>>8への返信)
同感。ただ、母親には「お母さん」と言ったのに、父親のときだけ「ダディ」になったのが、かえってまずかったと思う。「マミー」「ダディ」と子ども向けの言い方でそろえていれば、ごく普通に聞こえたはずだよ。
11. やらかし名無しさん
これ、まったく悪いと思わないけどな。「マミーに1枚、ダディに1枚」なんて、子どもに話しかけているような調子でしょ。気にしすぎだって。
12. やらかし名無しさん(>>11への返信)
投稿者です。いや、あのじっと見すえてくる目と、にやっとした顔がね……。ああ、自分はこの世界で生きていくには弱すぎるのかもしれない。
13. やらかし名無しさん(>>12への返信)
大丈夫だって。お父さんはたぶん、その話し方のせいで思いがけない含みが生まれたのがおかしくて、笑いをこらえていたんだよ。みんなも書いているとおり、親になると、子どもと一緒のときは周りから「マミー」「ダディ」と呼ばれっぱなしだからね。万が一、本気で気を悪くしていたのだとしても、それは向こうの問題だよ。
14. やらかし名無しさん
自分にとっての決め手は、やっぱりあの上がった眉だな。眉を上げてにやっとしたんだから、向こうにはちゃんと伝わっている。あのお父さん、間違いなく友だちに話して聞かせるよ(笑)
15. やらかし名無しさん
あの言葉、近ごろはすっかり別の意味がついて回るようになったせいで、自分の中ではもう台なしなんだ。日常で耳にしても、まともに受け取れなくなってしまった。
16. やらかし名無しさん(>>15への返信)
それは勘弁してほしい。一部の大人が妙な使い方をしているからって、子どもたちからあの言葉を取り上げるのはやめようよ。
17. やらかし名無しさん(>>15への返信)
私はもういい年だけど、昔は父のことを「ダディ」と呼んでいたし、当時はそんな含みなんてかけらも無かった。それが今では……うーん。言葉は移り変わるものだと受け入れて、先へ進むしかないのは分かってる。でも、この変化だけは、どうにも気味が悪い。
18. やらかし名無しさん
でも結局、お父さんはシールを受け取ったんでしょ。つまり、ダディはちゃんとシールが欲しかったわけだ。
19. やらかし名無しさん
笑わせてもらった。ただ、この出来事が何年も頭から離れない、なんてことにならないといいんだけど。
20. やらかし名無しさん(>>19への返信)
投稿者です。いや、離れないと思う。子どもの頃にやらかしたことを、いまだに夜中の3時に思い出しているくらいだから(笑)
21. やらかし名無しさん
まあ、少なくともお父さんひとりと、ここにいる全員を楽しませたんだから、店員としては上出来だよ(笑)。シールも無事に渡せたことだし。
まとめ
子ども連れの父親を、うっかり「ダディ」と呼んでしまった店員の告白。海外の反応は、「子どもに話しかける調子なら普通」「親は呼ばれ慣れている」という声と、「あの言葉にはもう別の意味がついて回る」「眉を上げてにやっとされたなら伝わっている」という声に割れた。いちばん支持を集めたのは、「最悪でも、知らない人が1週間笑える話になるだけ」という一言。忘れられそうにないのは、どうやら投稿者本人だけのようだ。
元ソース: お客さんを「ダディ」と呼んでしまった話

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