「そのうちいくらが材料の値段で、いくらが腕の値段なんですか」——祝いの輪の真ん中でそう聞いた瞬間、その場の全員が黙り込んだ。聞いた本人に悪気はない。それどころか、褒めているつもりですらあった。手作りの品や同人誌の即売会で「これ、原価いくらなの?」の一言が定期的に燃えているのを見たことがある人は、たぶん多いはずだ。海外の掲示板に上がったこの告白は、そのなんでもない一問が誰の何を踏み抜くのかを、当人が一時間遅れで知る話である。
※注:ここでいう展示会は、作家本人が会場に立って客と話しながら作品を売る形式の催し。日本の展示販売会や即売会に近い。
何をやらかした?
📌 政府機関で働くエンジニアの男性が、付き合って5か月の恋人の展示会に差し入れ係として付き添った。彼女の友人である大御所の陶芸作家が「作品が2万ドル(約300万円)で売れた」と報告し、祝いの空気になったところで、投稿者は好奇心から「そのうちいくらが材料費で、いくらが腕の値段なんですか」と質問した。全員が黙り、恋人が慌てて話題を変えた。それが失礼にあたると知ったのは、一時間後に会場の外へ出てからだった。
事の発端
付き合って5か月、飲み物と軽食を運ぶ係として
投稿者は政府機関で働くエンジニアの男性である。付き合って5か月になる恋人はアーティストで、銀と金を素材に作品を作っている。その彼女が、かなり大きな展示会に出ることになった。
投稿者本人は、自分でも認めているとおり美術のことがまるで分からない。アクセサリーの類はひとつも持っていないし、家の壁に掛かっているのは全部量産品、棚に並んでいるのは旅行先の土産だけ。それでも、彼女がこの数か月ずっと準備に打ち込んでいたのを間近で見ていたので、せめて自分にできる形で支えようと思った。彼女が客と話している間、飲み物と軽食を切らさないように運ぶ係である。
その輪の中で、自分だけが外から来た人間だった
会場は、彼女のアーティスト仲間と知り合う機会でもあった。ここで投稿者が正直に書き添えていることがある。彼女も、そこにいた友人たちも、先住民の作家である。投稿者はそうではない。それをよく思わない人もいる。彼女の選択そのものは尊重されているけれど、自分は薄氷の上を歩いている感覚がある——というのが、彼のいた位置だった。
もうひとつ、その日の会場に流れていた空気がある。金属の相場の話だ。銀も金も、この一年で価格が大きく上がっている。つまり彼女のように金属を扱う作家の作品は、軒並み値上げせざるを得ない。そのことは会場でも隠さずおおっぴらに話題になっていた。だから投稿者にとって、お金の話はその場で持ち出してはいけない話には見えていなかった。
やらかしの一部始終
「作品が2万ドルで売れた」
彼女の友人の中に、ひとりだけ格の違う作家がいた。陶土で器や彫刻を作る人で、名前だけで通る種類の存在である。その人が輪の中でこう報告した。作品が2万ドル、日本円にして約300万円で売れた、と。当然、祝いの話題になった。
かなり大きな作品だったという。そこで投稿者は、純粋な好奇心から尋ねた。「そのうちどれくらいが材料の値段で、どれくらいが腕そのものの値段なんですか」
全員が黙った。恋人がすばやく割って入って、話題を変えた。
一時間後、声の届かないところまで来てから
何が起きていたのかを投稿者が知ったのは、それから一時間ほど経ってからだった。他の作家たちに聞こえない場所まで出た瞬間、恋人が最初に口にしたのがこれである。「さっきの質問が、どれだけ失礼か分かってる?」
作家に「その作品はいくらで作れたのか」を聞くのは、非常に失礼にあたる。そもそも「いくらで売れたのか」も本来こちらから聞くものではなく、向こうから話してくれたなら運が良かったと思っておくべきものだ。投稿者はここで初めてそれを知った。
彼が悪気なくそう聞いてしまった理由は、本人の仕事にある。政府機関のエンジニアなので、そもそも自分の給料は公開されている。仕事のうえでも、案件の人件費予算が足りているかを確かめるために、同僚と「一時間あたりいくらか」を突き合わせる作業を日常的にやっている。だから投稿者の頭の中で、作品の値段はこう組み立てられていた。腕のいい作家ほど時間単価が高い。そこに道具と材料の実費を足す。合計がその作品の値段になる——。美術の値段は、まったくそういう仕組みで決まっていなかった。まして相手は、文字どおり地面から掘り出してくる土である。
その後
恋人はその晩の残りを、「なぜ自分の連れがあんな質問をしたのか」を、あの名前で通る作家に小声で説明して回ることに費やした。投稿者のほうは投稿者で、なんとか機嫌を直してもらおうと動くしかなかった。ただし、自分が何を謝ろうとしているのかは口に出せない。詫びの言葉を使った瞬間に、せっかく流れた話題をもう一度その場に引き戻してしまうからである。遠回しに、それとなく、というやり方しか残っていなかった。
結末は、本人の書き方がいちばん正確だろう。「今後の展示会に出入り禁止にはならないかもしれない。ただ、質問だけは一切禁止になった」
そして投稿は、こう締めくくられている。粘土は地面から出てくる。作家に、作品がいくらで売れたのかは聞かない。まして、いくらで作れたのかは絶対に聞かない。
海外の反応
1. やらかし名無しさん
本職の作家だけど、これはやらかしとは思わない。自分の値段に自信があるなら堂々と答えればいい話だし、仮に相手が値踏みのつもりで聞いてきたのだとしても、それこそ自分の腕の価値を説明する絶好の機会だ。どうやってこの道に入って、この素材と何年付き合ってきたのかを語れる。もったいないことをしたと思う。
2. やらかし名無しさん(>>1への返信)
「材料費は200円、あとは私の30年です」。笑いながらそう返せば全部きれいに片づく質問だと思う。答えとして正確だし、しかも一番格好いい。
3. やらかし名無しさん(>>1への返信)
こちらも作る側だけど、恋人と大御所の両方が話を大きくしすぎている。その場で恋人が小声で「それ、こっちの世界では聞かないことになってるんだ」と一言添えれば、投稿者が「知らずに失礼しました、素敵な作品が売れておめでとうございます」と言って終わっていた。それだけの話をどうして一晩がかりの案件にするのか。
4. やらかし名無しさん
陶芸をやっている。粘土は1キロで200円ちょっと、釉薬はもう少し幅があるけど1リットルで4千円台。電気代は大きいけれど、作品1個ごとではなく窯1回分でしか計算していない。自分はマグカップを1個9千円で売っていて、材料費が千円以下なのを隠したことはない。その差額が自分の時間と経験そのものだと分かっているからだ。変な質問だとは思わない。返ってきた反応のほうが変だと思う。
5. やらかし名無しさん
たぶん、たまたま一番痛いところを踏んでしまったんだと思う。作る側は値段のことで無神経に絡まれ慣れている。「粘土代とちょっとの時間でしょ」みたいな言い方を、こちらの事情をひとつも知らない相手から定期的にやられるので。今回の質問はまったくその手のものではないけれど、入口の言葉が同じなので反射的に身構えてしまったんじゃないかな。
6. やらかし名無しさん(>>5への返信)
その反射、身に覚えがありすぎる。自分はインクと紙で絵を描いていて、材料費は1枚あたり300円から700円くらい。そのぶんの時間を回収するには3万円で売るしかない。1万5千円の値札を見た客に、真顔で「紙代なんて150円でしょ、750円なら買うよ。5倍儲かるじゃない」と言われたことがある。あれを何度か食らうと、原価という単語だけで肩に力が入るようになる。
7. やらかし名無しさん
ただ、今回は作家本人が先に「300万円で売れた」と言っているんだよね。お金の話の扉を開けたのは向こうのほうで、それに乗って詳しく聞いた人だけが失礼という扱いになるのは、正直ちょっと理不尽に感じる。
8. やらかし名無しさん(>>7への返信)
そこは分かるけど、同じ金額の話でも向きが逆なんだと思う。「売れた」は喜びの共有で、上に積み上がっていく話。「内訳は?」は値踏みで、そこから引いていく話。聞かれた側には、せっかく上げてもらった評価を分解されているように聞こえる。悪意の有無とは別の問題として。
9. やらかし名無しさん
これはもう完全にエンジニアの習性。目の前のものを見た瞬間、頭が勝手に原価と工数に分解しはじめる。悪意がないどころか、あの質問は「ただの土がここまでの値段になるって、どういうことなんですか」という感嘆の表明なんだよ。ただ、その気持ちを伝える言葉の選び方が壊滅的に下手なだけで。
10. やらかし名無しさん(>>9への返信)
うちの職場にもそういうのがいるので、言いたいことはよく分かる。彼らの「いくらかかってるんですか」は値切りの前振りではなくて、ほぼ「すごい」と同義。ただ、通訳なしで外に出すと10回に1回はこうなる。
11. やらかし名無しさん
材料費を聞いたことはないけど、「これ作るのにどれくらいかかったんですか」は何度も聞いている。嫌な顔をされたことは一度もない。5時間で仕上がる作品でも、それを5時間で仕上げられるようになるまでに何年かかっているか、という話をだいたい向こうから始めてくれる。
12. やらかし名無しさん(>>11への返信)
それは聞き方として満点だと思う。時間の話は積み上げの方向を向いていて、原価の話は引き算の方向を向いている。同じことを知りたいだけなのに、受け取られ方は正反対になる。
13. やらかし名無しさん
作る側として、傷ついた部分がどこかを説明しておく。あの質問は「その値段、高すぎませんか」と値付けを疑われたように聞こえるんだ。技術そのものに定価は付かない。付くのは知名度と、その一点がたまたま誰かの心に刺さったという事実に対してだけ。それと、材料費が最大の支出とは限らない。作業場の家賃も、大きな窯を焼く電気代も、全部そこに乗っている。とはいえ、そこまで大ごとにする必要はなかったとも思う。
14. やらかし名無しさん
ひとつだけ実務的な話をすると、客の前でその話題を出すのは本当にやめたほうがいい。材料費の数字が耳に入った瞬間、そこを起点に値切りが始まるので。作家同士の飲みの席なら誰も気にしないと思うけど、売り場の真ん中はまずかった。
15. やらかし名無しさん
壁にバナナを1本テープで貼っただけの作品が、9億円で売れているんだよ。材料費で値段が決まるなら、世界中の美術館はとっくに空っぽになっている。値段は素材ではなく、それを誰が作ったかのほうに付いている。だから質問自体は失礼でもなんでもなくて、単に知らなかっただけだと思う。
16. やらかし名無しさん(>>15への返信)
しかもあのバナナ、近所の露店で買ってきた1本だったはず。作品が売れるたびに新しいバナナを買って貼り直すという運用になっていて、そこまで含めて全部が作品ということらしい。原価の話をしはじめると本当に何も残らない。
17. やらかし名無しさん
というか、みんなが言っているような大騒ぎ、本文のどこかで起きてる?全員が黙って、恋人が話題を変えた、それだけだよね。作家本人が謝罪を求めたわけでも、怒鳴ったわけでもない。一番大ごとにしているのは、その場にいた誰でもなく恋人のほうに見える。
18. やらかし名無しさん
技術屋の世界に昔からある小話を思い出した。工場の機械が止まって、呼ばれた老技師がしばらく眺めたあと、ハンマーで一発叩いたら動き出した。請求書は150万円。明細を出せと言われて出てきたのが「叩き賃1,500円、どこを叩けばいいか知っている代金1,498,500円」。今回の話も構図はまったく同じ。作品の値段のほとんどは土の代金ではなく、その土をどこでどう扱えばいいか知っていることへの代金だ。ただ、それを面と向かって分解しようとしたのがまずかった。
19. やらかし名無しさん
質問の中身より、その場の空気のほうが大きかったんじゃないかと思う。本人が「もともと薄氷の上にいた」と書いているとおりで、それだけ気を張っている場では何を言っても何かに引っかかる。だから対策としては、分からないことをその場で口に出さないこと。持ち帰って、あとで恋人に聞けばよかった。
20. やらかし名無しさん(>>19への返信)
結局そこに落ち着くよね。知らない世界に入ったら、まずしばらく黙って聞く。疑問は全部持ち帰って、一番近い人に確認する。これは美術に限らず、義理の実家でも転職先でも同じで、大人になってから覚える作法のひとつだと思う。
21. やらかし名無しさん
正直に書くと、自分もこの投稿を読むまで、材料費を聞くのが地雷だとまったく知らなかった。むしろ興味があるからこそ聞いていいことだと思っていたくらいで。ここまでのやり取りを読んで、次からは値段ではなく工程や時間のほうを聞こうと決めた。投稿者には気の毒だけど、おかげで自分が同じ場面でやらかす未来がひとつ消えた。
22. やらかし名無しさん
付き合って5か月で、恋人の世界にちゃんと付いていって、飲み物と軽食を運ぶ係を自分から引き受けているの、普通にいい人でしょ。質問が禁止になったなら、しばらくは聞き役に回っていればいい。半年もすれば「そういえばあのとき」と笑い話になっている類のやつだと思う。
まとめ
恋人の展示会で、仲間の作品が約300万円で売れた祝いの輪。そこで「材料費と腕の値段の内訳は?」と聞いてしまった、それだけの話である。手が滑ったわけでも、何かを壊したわけでもない。ただ一文が、聞くつもりのなかった意味を運んでしまった。コメント欄は「値段に自信があるなら堂々と答えればいい」という作家たちと、「あの言い回しは値切りの入口として使われすぎている」という作家たちで真っ二つに割れ、そのあいだを「知らなかっただけの人にそこまで求めるな」という声が埋めていた。原価を聞かれてカチンとくる感覚も、なぜカチンとくるのか分からない感覚も、たぶんどちらも正しい。

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