母親から、茶こし付きの新しいティーポットと、お気に入りの茶葉をもらった。その日の夕食のあと、投稿者はそのポットでお茶を淹れる。ただし、自分の分を1杯だけ。歯を磨いて戻ってきた母親は、ひとつだけ置かれたティーカップを見て「私のは?」と尋ねた。聞いてみようとすら思わなかった、と投稿者は落ち込んでいる。ところがコメント欄は、「ひと声かけるのが礼儀」と「欲しいなら言えばいい」で、きれいに二つに割れた。
何をやらかした?
📌 母親から、茶こし付きの新しいティーポットと、お気に入りの茶葉を贈られた日。投稿者は夕食のあと、そのポットで自分の分のお茶を1杯だけ淹れた。歯を磨いて戻ってきた母親に「私のは?」と聞かれ、「分けて飲もうか」と答えたが、母親は肩をすくめて立ち去ってしまった。
事の発端
母親からの贈り物は、ティーポットとお気に入りの茶葉
この日、投稿者は母親から贈り物をもらった。ひとつは、茶こしが内蔵された新しいティーポット。もうひとつは、投稿者がお気に入りにしている上等な茶葉だ。
茶葉は、量り売りのコーナーで見つけてくれたもの
茶葉は、母親が量り売りのコーナーで見つけてきてくれたという。量り売りのコーナーというのは、茶葉や豆、ナッツなどを、好きな量だけ袋に入れて買える売り場のこと。北米のスーパーなどによくある。
もらった茶葉は約32グラム(約0.07ポンド)で、値段にすると4.5ドルほど(1ドル150円換算で約700円)。量も金額もささやかだが、投稿者の好きなお茶を、母親が売り場で見つけて買ってきてくれたわけだ。
やらかしの一部始終
夕食のあと、新しいポットでお茶を1杯
夕食が済むと、母親は残り物を片づけたり、ビタミン剤を飲んだりし始めた。そのあいだに投稿者は、もらったばかりのティーポットを洗い、それでお茶を淹れた。淹れたのは、自分の分の1杯だけだった。
母親は歯を磨きに、投稿者は皿洗いに
やがて母親は、歯を磨きに行った。投稿者は淹れたお茶をいったんわきに置いて、皿洗いに取りかかった。
ひとつだけのティーカップを見た母親のひと言
戻ってきた母親は、ぽつんとひとつだけ置かれたティーカップに目をとめた。そして、「私のは?」と尋ねた。
投稿者は「分けて飲もうか」と答えた。けれど母親は、肩をすくめて立ち去ってしまった。
その後
母親にも飲むかどうか、聞いてみようとすら思わなかった。そのことに、投稿者はひどく落ち込んだ。
ただ、こうも感じている。お茶を淹れているあいだ、母親も同じ台所にいた。出ていたティーカップは、ひとつだけだった。欲しいのなら、そのとき言ってくれたのではないか、と。
それに母親は、ふだんお茶をまず飲まない人だという。飲むとしても、レモンやショウガの薄切りを入れたお湯くらい。たいていはノンアルコールビールか、水か炭酸水、あとはコーヒーで、飲むのはそれくらいだ。しかも、投稿者がこの茶葉を初めて買ったとき、母親も一緒に試している。そのとき母親は、自分の分を半分も飲まなかったそうだ。
コメント欄で、投稿者は事情をもう少し明かしている。ふだんは2杯淹れることが多いので、母親もそのつもりでいたのだろう、という。一方で投稿者は、初めて使う入れ物にどのくらい入るのか見当をつけるのが大の苦手で、このポットには1杯分しか入らないと思い込んでいた。そこでお湯も1杯分しか沸かさなかったが、注いでみると、ポットの真ん中にやっと届くくらいだったそうだ。
投稿者は「私にも少しは責任があると思う」と書いている。投稿の最後では、この出来事を「母がティーポットとお気に入りのお茶を贈ってくれた。私はお茶を1杯しか淹れず、それで母の気分を害してしまった」とまとめている。このあと母親とどうなったのかは、書かれていない。
海外の反応
1. やらかし名無しさん
もう1杯淹れるのって、そんなに手間かな? お湯を沸かすのなんてすぐだよ。時間がかかるとしたら、茶葉を蒸らすあいだくらいでしょ。
2. やらかし名無しさん(>>1への返信)
投稿者です。まあ、指をパチンと鳴らすだけでお茶を出せるのでもないかぎり、お茶を淹れるほうが、淹れないよりは必ず時間がかかるよ。
3. やらかし名無しさん(>>2への返信)
それはそうだけど…。たかがお茶だよ。茶葉はもう手元にあるんだし、茶の木を育てるところから待つわけじゃないんだから。
4. やらかし名無しさん
あなたは何もやらかしていないよ。人の心が読めるわけじゃないんだから、「言わなくても分かるはず」というお母さんの思い込みにまで責任を負うことはない。欲しいものがあるなら、口に出して頼めばいい。頼まなかったから出てこなかった。それで嫌な気持ちになったとしても、引き受けるのは本人で、あなたが背負うものじゃない。どうか自分を責めないで、そのお茶をできるだけ味わって飲んで。
5. やらかし名無しさん(>>4への返信)
投稿者です。そうかもしれない。ふだんは2杯淹れることが多いから、母もそのつもりでいたんだと思う。ただ私は、初めて使う入れ物にどのくらい入るのか見当をつけるのが本当に苦手で、このポットには1杯分しか入らないと思い込んでいた。だから、お湯も1杯分しか沸かさなかった。注いでみたら、ポットの真ん中にやっと届くくらいだったよ。私にも少しは責任があると思う。
6. やらかし名無しさん(>>5への返信)
お母さんはお茶を飲まない人で、あなたが淹れていたそのお茶も好きではなさそうで、しかも「私にも淹れて」とは言わなかった。断言するけど、責任は100%お母さんの側にある。あなたが背負う分はゼロだよ。
7. やらかし名無しさん(>>6への返信)
世の中のやらかしを全部並べたら、これは佳作にも引っかからないよ。「あ、ごめん。飲む?」。はい、これで解決。
8. やらかし名無しさん
いやいや、お母さんはティーポットも茶葉も用意してくれたんだよ。だったら、ポットいっぱいに淹れてマグカップ2つに注げば済む話じゃないか。ここのコメントのいくつかは本当に信じられない。お母さんがあなたの家に来ているなら、お茶の1杯くらいすすめるものでしょ。まして、その茶葉を持ってきてくれた本人なんだよ!?
9. やらかし名無しさん(>>8への返信)
逆に、投稿者さんがお母さんの家にいるほうだったら、頼まれる前から淹れておかなかったのは、まあ分かる。それでも、ひと言も聞かなかったのには驚くな。お母さんの家の水と電気を使って、自分の分だけ淹れるわけでしょ。それで声もかけないのは、やっぱり失礼だと思う。
10. やらかし名無しさん
その場にいる全員に「飲む?」と聞かずに、温かい飲み物を淹れる人なんている? 相手が本当は何を飲みたいのかは別としてね。自分がイギリス人だからそう感じるだけかもしれないけど、それが礼儀ってものでしょ。
11. やらかし名無しさん(>>10への返信)
イギリスの人なんだね。違っていたら悪いけど、投稿者さんは言葉づかいからしてアメリカの人だと思う。アメリカでは、お茶のような飲み物を相手にもすすめるのが当たり前、という文化じゃないんだ。もちろん、すすめてもらえたら感じはいいよ。でも、すすめられなかったからといって機嫌を損ねる人がいたら、ちょっと大げさだなと思ってしまう。こっちでは、問題にもならない話。そもそも、お茶をほとんど飲まない人のほうが多いしね。投稿者さんのお母さんもそうだと書いてある。文化の違いに引っかかっているだけだと思うよ。
12. やらかし名無しさん(>>11への返信)
私はアメリカの人間だけど、家に誰かがいれば、自分が淹れるのと同じものを「飲む?」と必ず聞くよ。お茶でもコーヒーでもね。自分の家か相手の家かは関係ない。友人も家族もみんなそうしている。だから、自分の飲み物を用意するときに相手にもすすめるのが「アメリカでは当たり前とされていない」という意見には賛成できないな。それは単に、礼儀とか作法と呼ばれるものだよ。
13. やらかし名無しさん(>>12への返信)
投稿者です。うん、私が考えていたのもそっちに近い。だいたい、ここは「きょうやらかした話」を書き込む場所なんだから😭 しくじったのは自分でも分かってるよ!
14. やらかし名無しさん
自分はお茶が苦手だから、頼んでもいないのに誰かが淹れてくれるなんて、はなから思わない。とはいえ、自分がコーヒーを淹れるときは、飲みたい人がいるかもしれないから「多めに淹れようか」と声はかけるけどね。一応、言っておくと。
15. やらかし名無しさん
1杯のお茶を誰かと分け合って飲みたい人なんて、いないよ。「お母さんの分も淹れるね」と言えばよかったんだよ。「分けて飲もうか」は、「もう1杯淹れる気はありません」とはっきり言っているのと同じだから。
16. やらかし名無しさん
お母さんは歯を磨いたばかりだったんだよね。だったら、お茶はもう要らないんだろうなと、私でも思ったはず。
17. やらかし名無しさん(>>16への返信)
そこは私も気になった。歯を磨いて戻ってきてから「私のは?」だもんね。ちなみにうちの母も、歯を磨いたあとで平気でお茶を飲む。そして、もう一度磨きに行く。
18. やらかし名無しさん
お湯を数杯分沸かしたって、余計にかかる時間なんてほんのわずかだよ。本当に、いつも1杯分ずつ沸かしているの? それはさておき、お客さんがいるときに自分の食べ物や飲み物を用意するなら、相手にもすすめるのが礼儀というものだよ。
19. やらかし名無しさん(>>18への返信)
礼儀というより、近くにいる家族に愛情を示す、という話なんじゃないかな。人を家に招いてもてなす機会が減って、こういう暗黙の決まりごとは薄れてきたみたいだけどね。お母さんはきっと、それが当たり前だった頃に育った世代だと思う。自分が何かを用意するとき、相手にも「要る?」と聞く。出前を頼むときも、クッキーの箱を開けるときも、牛乳やお茶を注ぐときも同じ。愛情や親しみを伝える、ごくありふれたやり方だよ。お母さんが根に持つことはないと思う。きょうのうちに、気持ちを見せればいいんだ。今夜は、お母さんの分も淹れてあげて。
20. やらかし名無しさん(>>5への返信)
2杯分のお湯が入らないティーポットなんて、まず無いよ。実際、1杯分を注いで真ん中あたりだったんでしょ。次からは2杯淹れられるね。
21. やらかし名無しさん
正直、自分も同じことをやる自信がある。相手がふだん飲まない物だと、数に入れるのをつい忘れるんだよね。悪気はまったく無くて、あとから「あ…」となるやつ。
22. やらかし名無しさん
お母さんは、お茶が飲みたかったというより、贈ったばかりのポットで淹れた最初の1杯を、一緒に飲みたかっただけなんじゃないかな。うちの父もコーヒーは飲まないくせに、私が淹れていると必ず「俺のは?」と聞いてくる。淹れてあげると、半分残すんだけどね。
まとめ
母親にティーポットとお気に入りの茶葉を贈ってもらった日に、自分の分のお茶を1杯だけ淹れてしまった、という告白でした。コメント欄は「淹れる前にひと声かけるのが礼儀」と「欲しいなら言えばいい、人の心は読めない」に分かれ、国による習慣の違いなのか、ただの礼儀なのか、というところまで話が広がっています。日本でも、急須でお茶を淹れるなら、その場にいる人に「飲む?」と聞くのはごく普通の感覚でしょう。飲むか飲まないかは、聞いてみてからの話。次に淹れるときは、カップが2つ並ぶでしょうか。
元ソース: 自分の分のお茶を1杯淹れて、しくじった話

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