「30年やってる。見た目より難しいぞ」会議前に同僚へ話したら、大人11人が同じ図形を描き出して…

「30年やってる。見た目より難しいぞ」会議前に同僚へ話したら、大人11人が同じ図形を描き出して… 職場

小学校の先生が黒板に描いた、たった一つの図形。「今年度中に解けたらピザパーティーだ」——そう言われて挑んだ子どものうち、ほとんどは10分で飽きた。ところが一人だけ、そこから30年以上たっても諦めなかった人がいた。海外の掲示板に投稿された今回の話は、その人が先日ついに答えにたどり着くまでの記録である。ただし、たどり着いた答えは「解けた」ではなかった。

※注:この記事に出てくる「一筆書き」は、鉛筆を紙から一度も離さず、同じ線を二度なぞらずに、図形の全部の線を描き切るという遊び。日本の子どもも通る、あの遊びと同じものである。

何をやらかした?

📌 1990年代、先生が「解けたらピザパーティー」と言って出した一筆書きパズル。投稿者はそれから30年以上、思い出すたびに紙の隅で挑戦し続けた。先日、会議前の雑談で同僚に話したところ、その場にいた大人11人が全員それを描き始め、会議が20分止まった。しびれを切らして検索してみたら、その図形は数学的に一筆書きが不可能な形だった。1990年代からインターネットを使っていたのに、30年間ただの一度も調べていなかった。

事の発端

「今年度中に解けたらピザパーティー」

話は1990年代にさかのぼる。ある日、先生が生徒たちに一つの図形を示した。線がいくつも交差した、ちょっと複雑な形である。ルールは二つだけ。鉛筆を紙から離さないこと。同じ線を二度なぞらないこと。それでこの図形をぜんぶ描き切れたら——「今年度が終わるまでに誰かが解いたら、クラスでピザパーティーをやろう」。子どもを黙らせる方法として、これ以上に効率のいいものはそうそうない。

10分でみんな飽きた。一人だけ飽きなかった

ピザがかかっているとなれば、最初はクラス中が真剣に取り組む。それでも10分もすると、みんな別の落書きを始めた。ノートの端にサインみたいな筆記体の飾り文字を描く子、意味のない模様を塗りつぶす子。教室は普通の教室に戻っていった。投稿者だけが、戻らなかった。何度やっても、あと一本というところで手が止まる。描き残した線が一本だけ、必ず残る。「もう少し」が延々と続くこの感覚が、完全に頭に住み着いてしまった。結局その年、ピザパーティーは開かれなかった。

やらかしの一部始終

中学の生物、高校の化学、大学の歴史、そして会議の余白

厄介なのは、この手のものが「忘れた頃に戻ってくる」ことだ。中学の生物の授業中、ふと思い出して数回試す。高校の化学でまた思い出す。大学の歴史の講義でも思い出す。そのたびに10分ほど格闘して、「いや、今は集中しないと」と我に返り、また数か月忘れる。社会人になってからも同じだった。年に一度は、たいして重要でもない会議の最中に、ノートの余白がその図形で埋まっていく。「この線から始めれば——」「いや、こっちの線か——」「この向きに進めば……」。結果はいつも同じで、最後の一本が引けないまま会議が終わる。誰かに話してみたこともあるが、たいていの人は数回試して飽きた。

会議室に早く着いてしまったのが運の尽き

そして先日の朝である。投稿者は月に一度の定例会議のために出社した。内容は各案件の進捗確認で、特に重いものではない。遅れるより早いほうがいいと思って早めに会議室へ入り、手持ち無沙汰のまま、また例の図形を描き始めた。そこへ同僚が一人入ってきて、世間話のついでにパズルの話をした。同僚はこう言った。「そんなの、可能な経路を全部つぶしていく手順を作ればすぐだろ」。投稿者は答えた。「30年やってる。見た目より難しいぞ」。挑戦状として受け取られた瞬間だった。

気づけば大人が11人、同じ形を描いていた

同僚は紙を引き寄せ、数回試し、そして投稿者とまったく同じことを口にした。「この線から始めれば——」。そこへもう一人が入ってくる。大人二人が同じ形を無言で何度も描いているのを見て、「何やってるんですか」と聞き、事情を聞き、そして自分も描き始める。人が増えるたびに同じ流れが繰り返され、最終的に会議室では、いい大人が11人、そろって同じ図形を描いていた。途中で一人が「できた!」と声を上げた。全員が身を乗り出して「どうやって?」と聞いたところ、返ってきたのは「……覚えてない。たしかこう引いて——」。そして再挑戦して、やっぱりあと一本足りない。

その後

ようやく誰かが言った。「会議が始まって20分経ってるんですけど。もう動画で解き方を探しませんか」。検索すると、解いてみせる動画はいくらでも出てきた。ところがどれを見ても、同じ線を二度なぞっているか、鉛筆を一度離しているかのどちらかで、ルールを守れていない。次に文字検索に切り替えると、上位に出てきたのは掲示板の投稿だった。タイトルは「不可能な一筆書きパズル」。コメント欄には、この図形は数学的に一筆書きが不可能である、という説明が並んでいた。

不可能である理由は、線が交わる点に集まっている線の本数を数えるだけで分かる。途中で通り抜けるだけの点には、必ず「入る線」と「出る線」がペアで必要になるので、そこに集まる線は偶数本でなければならない。逆に、奇数本が集まっている点は、描き始めか描き終わりのどちらかにしかなれない。始点と終点はそれぞれ一つずつしかないのだから、奇数の点は0個か2個までしか許されない。今回の図形には、奇数の点が4つあった。どの線から始めても、どんな順番で描いても、最初から不可能だったのである。漢字で言うと「日」は一筆書きできて(奇数の点が2つ)、「田」はできない(奇数の点が4つ)。投稿者が挑み続けた図形は、その中央に「田」に近い形を含んでいた。

この判定法は18世紀の数学者オイラーが示したもので、いまや高校や大学で普通に習う内容でもある。つまり先生は、答えが存在しないと知ったうえでピザを賭けていた可能性が高い。投稿者本人も、こう書いている。1990年代のインターネット接続サービスの時代から30年以上ネットを使ってきたのに、「そもそも解けるのか」を一度も検索しようと思わなかった。調べていれば不可能だと分かったはずなのに、自分ならまだ解けると信じ続けられる程度には、間抜けだった——と。

海外の反応

1. やらかし名無しさん
その先生は控えめに言って鬼です。線の集まり方が奇数になっている点が0個か2個のときだけ一筆書きができる、というのは1700年代にはもう証明されている話で、しかも2個のときは片方から描き始めて、もう片方で終わらないといけない。先生は絶対に不可能だと知ったうえでピザを賭けてる。

2. やらかし名無しさん(>>1への返信)
先生はたぶん10分の静けさが欲しかっただけなんですよ。まさかそれが一人の人間の30年がかりの旅になるとは思ってなかった。風車に突撃し続けた騎士の物語(セルバンテスの『ドン・キホーテ』)と同じ構図で、投稿者の本名がドン・キホーテだったとしても驚かない。

3. やらかし名無しさん(>>2への返信)
恥ずかしながら、ドン・キホーテと聞いて自分の頭に浮かぶのは漫画のドンキホーテ・ドフラミンゴだけでした。原典のほうを一度も読んだことがない。この一件で二つ賢くなった気がします。

4. やらかし名無しさん(>>1への返信)
先生が鬼なのは同意です。ただ、30年もかけたのに「同僚が言っていたみたいに、可能な経路を体系的につぶしていく」という方向に一度も踏み出さなかったのが、個人的にはいちばん引っかかる。全部つぶせば不可能だと自分で確認できたはずで、そこに行き着かないのは数学の教え方の問題な気もします。

5. やらかし名無しさん
判定のやり方を書いておきます。線が交わっている点を一つずつ丸で囲んで、その丸から何本の線が外に出ているかを数えてください。途中で通るだけの点なら、入って出るので必ず偶数本になります。奇数本の点は、描き始めか描き終わりにしかなれません。始点と終点は一つずつしかないので、奇数の点が3つ以上ある図形は、その時点でもう詰んでいます。

6. やらかし名無しさん(>>5への返信)
つまりあれは「与えられた条件を疑え」という思考力の練習問題だったわけで、投稿者は30年間ずっと不合格だったということになりますね。厳しい言い方になるけど、先生の狙いとしては大成功だったのでは。

7. やらかし名無しさん
これ、有名な「ケーニヒスベルクの7つの橋」とまったく同じ問題です。町を流れる川にかかった7本の橋を、一度ずつ全部渡って戻ってこられるか、という18世紀の問題。橋が線で、陸地が点にあたります。答えは不可能で、その証明が今の図形理論の出発点になりました。

8. やらかし名無しさん(>>7への返信)
自分は成績上位の子を集めたクラスを担当している教師なのですが、以前この橋の話を小学3年生に教えようとして、見事に空振りした経験があります。今の投稿を読んで思い出しました。今年は5年生で試してみようかな。ピザは賭けないでおきます。

9. やらかし名無しさん
90年代の先生がこの手のパズルで期待していた答えは、たぶん「紙の角を折る」です。行き止まりになったところで紙の角を手前に折り、鉛筆を離さないままその折った部分に線を延ばして、必要な位置まで運んでから紙を戻す。鉛筆は一度も浮いていないし、図形の線も重ねていない。ルールは破っていません。枠の外で考えろ、というのがこの課題の本当の狙いだったはずなので、投稿者はもうピザを自分に出していいと思います。

10. やらかし名無しさん(>>9への返信)
正解が「紙を曲げて空間そのものをつなげる」って、要するに宇宙物理でいうワームホールを自作しろということでは。小学生に時空の歪みを要求する課題、さすがに難易度設定を間違えていると思います。

11. やらかし名無しさん(>>9への返信)
シャープペンシルを使うという手もありますよ。行き止まりまで来たら芯だけ引っ込めて、本体は紙につけたまま次の位置まで滑らせて、着いたらまた芯を出す。この種のパズルを解くコツは、禁止されていないことを片っ端から探すことです。「離すな」とは言われていても「書き続けろ」とは言われていない。

12. やらかし名無しさん
30年ぶんの粘りを見せられたあとだと、もうピザパーティーは開催されるべきだったとしか思えません。少なくとも投稿者一人ぶんは受け取る権利がある。教育的な意図がどうであれ、あれだけ食い下がった生徒に何も出さないのはさすがに酷では。

13. やらかし名無しさん(>>12への返信)
投稿者です。当時の先生を探し出して、せめて小さい一切れと、紙コップに注いだぬるい安売りの炭酸くらいは要求しに行きたい気持ちがあります。あの頃の学校行事のピザって、だいたいそういう感じでしたよね。

14. やらかし名無しさん(>>12への返信)
どちらかというと、ピザを受け取るべきなのは会議を20分止められた同僚たちのほうな気がします。投稿者は部屋の隅の椅子に座って、みんなが食べているのを見ている役です。30年も抱え込んだ末に他人まで巻き込んだ罰として、それくらいがちょうどいい。

15. やらかし名無しさん
小学4年生のときに、まったく同じパズルを先生から渡されました。自分も何年かに一度は引っぱり出して、なんとかならないかと試してきた口です。トータルで何時間溶かしたのか考えたくもないので数えていません。この投稿のおかげでようやく手放せます。本当にありがとう。

16. やらかし名無しさん
うちの場合は、投稿者の図形の真ん中の部分——四角の中に十字が入ったところだけを渡されました。高校3年のときに付き合っていた相手が数学に強くて、「それ不可能だよ」と教えてくれたおかげで助かった。あのまま知らずにいたら、自分も20年以上は余裕で溶かしていたと思います。

17. やらかし名無しさん
自分は10歳のとき、父からこの問題を見せられました。ついでに不可能であることの証明も見せてくれたのですが、当時の自分はまったく信じず、父は「解けたら好きなレゴを買ってやる」と言い出しました。結果としては、反例を見つけるために証明のほうを真面目に読む羽目になり、まんまと数学を勉強させられた形です。ちなみに父からはもう一つ、「奇数本の線が集まる点が奇数個ある図形を描いてみろ」という課題も出ました。これも同じ理屈で絶対に描けません。

18. やらかし名無しさん
おかげで自分が同じ状態だったことに気づきました。こちらは25年です。中学の先生が「解けたら賞品をやる」と言って出したのが、3軒の家それぞれに水道・ガス・電気の3本を引くとき、線を一本も交差させずに引けるか、という問題でした。不可能だろうと薄々思いながらも、賞品が用意されている以上まだ何か見落としがあるはずだと信じ続けていた。この投稿を読んでやっと検索して、不可能だと確認しました。

19. やらかし名無しさん
そこまで粘れる人なら、いっそ本物の未解決問題に行きませんか。クレイ数学研究所が出している「ミレニアム懸賞問題」なら、賞金は1問あたり100万ドル、日本円で1億5000万円ほどです。7問のうち解かれたのはまだ1問だけ。ピザ1切れよりは、確実に見返りが大きいと思います。

20. やらかし名無しさん
30年間で一度も、「そもそもこれは解ける問題なのか」を確かめようと思わなかったんですか。悪意はないのですが、そこが本当に不思議です。解き方を探すより先に、解が存在するかを疑う——という順番は、案外どこでも教わらないものなのかもしれませんね。

21. やらかし名無しさん
犬にレーザーポインターの光を追わせ続けると、どうやっても捕まえられない光点に取り憑かれて情緒がおかしくなる、という話を思い出しました。飼い主は10分遊ばせたつもりでも、犬のほうは何年もあの光を探し続ける。今回の先生がやったのは、それの人間版だったのでは。

22. やらかし名無しさん
もし先生の名前を覚えているなら、ぜひ連絡してみてほしいです。先生というのは、自分が誰かの人生に何かを残したと知るのが本当にうれしい職業なので。自分は30歳の頃に、お世話になった人たちを片っ端から探して長い手紙を送ったことがあります。学習面で苦労していた自分のために昼休みを削って勉強を見てくれた高校の先生は、「退職してから連絡をくれた生徒は君が初めてだ」と返してくれました。本人にとっては小さな行為でも、こちらには一生残っている。それは伝えたほうがいい。

まとめ

子どもの頃に渡された一筆書きパズルを30年以上あきらめきれず、ついに職場の会議を20分止めた末に「そもそも解けない図形だった」と知った話。反応は「先生が鬼」という同情が中心で、そこに判定法の解説、紙を折る・芯を引っ込めるといった抜け道の提案、そして「自分も同じパズルを抱えたまま生きていた」という告白が次々と続いた。一方で「30年のあいだ一度も可能かどうかを疑わなかったのか」という冷静な指摘もあり、これがいちばん痛いところを突いていたように思う。解き方を探す前に、その問題に答えがあるのかを確かめる。言われてみれば当たり前なのに、たいていの人はそれを教わらないまま大人になる。

元ソース: 解けない一筆書きパズルに人生の30年を費やし、会議まで脱線させた話

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