辛いものは、まあまあいける方だ——27歳男性のその自己評価は、タイ料理店のメニューに並んだ「レベル5」という数字を前にして、あっさり崩れ落ちた。しかも本当の敗因は、昼に食べたパッタイではなかった。その日の夜、彼が自分の意思で足してしまった”付け合わせ”のほうだったのである。
※注:パッタイはタイ風の焼きそば。海外のタイ料理店では注文時に辛さを数字で選べる店が多く、「レベル5」は最上級にあたることが多い。ホットチートスはアメリカで定番の、真っ赤な粉をまとった激辛スナック菓子。
何をやらかした?
📌 辛さレベル5のパッタイを昼に完食した27歳の男性。夜、父が作ってくれたバーガーに付け合わせがないことに気づき、昼に何を食べたかをすっかり忘れて激辛スナックの袋を開けてしまう。翌朝、彼は職場のトイレで自分の判断力と静かに向き合うことになった。
事の発端
「今日はどうしてもタイ料理」
始まりは、よくある昼の衝動だった。投稿者は27歳の男性。その日はどうしてもタイ料理が食べたくなり、店に足を運んでパッタイを注文した。辛さの指定は、レベル5。メニューにある最上級の数字である。
自分は辛いものが好きだし、耐性もある方だ——という自己認識が、彼にはあった。実際、そこそこの激辛はこれまで平気で通り抜けてきたのだろう。だから数字を選ぶ手も、おそらく迷わなかった。
ただし、その店の「辛い」はよその「辛い」ではない
本人も、後になってこう書いている。「辛いものは好きだ。でも、あの店の辛さに関しては、まったくの別物だ」。つまり危険は事前に分かっていた。分かったうえで、レベル5を選んでいる。ここが今回の話の、地味に効いてくるポイントだ。
そして彼は、それを完食する。ここまでは、まだ武勇伝の範囲内である。実際その日の午後は何ごともなく過ぎていった。体は静かだった。彼は勝ったつもりでいた。
やらかしの一部始終
父が作った夕食に、付け合わせがなかった
帰宅すると、父が家族全員分の夕食を用意してくれていた。メニューはバーガー。ただし、付け合わせは何もなし。ポテトもサラダもない、バーガー単品である。
ここで投稿者の頭から、昼に何を食べたかという情報が、きれいさっぱり抜け落ちた。物足りなさを埋めるために、何か添えたい。そして手が伸びた先が、よりにもよって激辛スナックの袋だった。「あのとき自分は何を考えていたんだ」と本人も振り返っているが、考えていなかった、というのが正解だろう。
翌朝、腹の中がサウナになっていた
昼に最上級の激辛、夜に激辛スナック。見事な二段構えである。効果が現れたのは、翌朝だった。本人の表現を借りれば、「朝じゅうずっと、腹の中がサウナみたいだった」。
しかも彼が事態を正しく理解したのは、この朝になってからだ。やらかしたのは昨日で、請求書が届いたのが今日。この時差こそが、この手の失敗のいちばん厄介なところなのかもしれない。
その後
ここからが本番だった。投稿者の職場には、トイレが3つある。彼は自分がいま何と戦っているのかを正確に把握していたので、迷わずオフィスから一番遠い一室を選んだ。誰にも会わない、誰にも気づかれない、静かな場所。危機管理としては満点の判断である。
満点の判断だった。だったのだが。
彼がその個室にこもっている、まさにそのタイミングで、職場の設備管理担当者が「今こそ電球を替えるべきだ」と判断した。3つあるトイレのうち、よりにもよって、その一室の電球を。
投稿者はいま、その職場のトイレの中から、この告白を書いている。すぐ外で電球が取り替えられていく物音を聞きながら。教訓があるとすれば、たったひとつ。昼の自分と夜の自分は、同じ胃袋を共有しているということだ。
海外の反応
1. やらかし名無しさん
似たようなことをつい最近やった。南カリフォルニアの親戚のところに行って、帰る前の晩にタイ料理店へ。俺も辛いのは平気なタチだから「辛くして」と頼んだら、妻に「明日フライトだけど本当にいいの?」と確認された。大丈夫だと答えた。大丈夫ではなかった。翌朝はホテルのトイレから出られず送迎バスに乗り遅れかけ、保安検査を抜けた瞬間にまたトイレを探していた。
2. やらかし名無しさん(>>1への返信)
奥さんが事前に警告してるのが最高すぎる。バスに乗り遅れそうでイライラしながら、隣で「だから言ったのに」という顔をされている図が完璧に浮かぶ。
3. やらかし名無しさん(>>1への返信)
うちの妻も同じことを言うし、俺も毎回同じように聞き流す。何度痛い目を見てもタイ料理はやめられないし、あの激辛スナックを目の前にして我慢できる人間がいるとも思えない。経験者からの助言としては、胃薬を常備しておくこと。それだけで人生の難易度がだいぶ下がる。
4. やらかし名無しさん
タイ料理の辛さの目盛りを、他の料理の目盛りと同じだと思わないほうがいい。日常的に激辛の唐辛子をかじっているような人間でもない限り、タイ料理店ではレベル3を超えるな。これは忠告ではなく警告として受け取ってほしい。
5. やらかし名無しさん(>>4への返信)
それが店によって全然ちがうんだよ。うちの地元にもタイ料理屋があるけど、そこはレベル7を頼んでもピリッとする程度で終わる。同じ数字なのに、この差はいったい何なんだ。
6. やらかし名無しさん(>>5への返信)
レベル7? なんだそれは。ちゃんとしたタイ料理店で5より上の目盛りがある店なんて見たことがない。それ、いろんな国の料理を混ぜた創作系のお店だったりしないか。
7. やらかし名無しさん(>>5への返信)
うちの町の中心部にある店は1〜10段階だ。店の説明によると、10はほぼハバネロの抽出液そのものらしい。体感では5〜6あたりでようやく「本当に辛い」の領域に入る。つまり目盛りの上半分は、完全に度胸試し用ということになる。
8. やらかし名無しさん
そもそもパッタイって、放っておけば辛い料理じゃないよな。あれを地獄に変えたのは店ではなく、注文した本人だと思うんだが。
9. やらかし名無しさん(>>8への返信)
そのとおり。あれはもともと海外向け・観光客向けの顔として押し出されてきたメニューという側面が強い料理だ。辛さで殴りにくる系統ではない。
10. やらかし名無しさん
パッタイは辛い料理ではない。唐辛子の粉は好みで足せるけれど、本来の主役はヤシ砂糖の甘み、タマリンド(甘酸っぱい南国の果実)の酸味、魚醤の塩気のバランスで、生の唐辛子すら入っていない。タイ料理にはこの手の料理が意外と多い。もちろん本気で辛いタイ料理はあるし、南部の料理なんて特にそうだけど、パッタイはそこじゃないんだ。
11. やらかし名無しさん(>>10への返信)
カルボナーラに辛いソースをドバドバかけるようなものだよな。やろうと思えばできる。できるんだけど、なぜやるのかという話で。
12. やらかし名無しさん
なるほどね……。俺はこういうとき、必ずオフィスから一番近いトイレを使うようにしている。自分の行いは自分で引き受けて、その香りは同僚と分かち合う。それが誠実さというものだろう。
13. やらかし名無しさん(>>12への返信)
あなたは完全に悪役の側の人間だ。しかも、その言い分に一切の迷いがないところがいちばん恐ろしい。
14. やらかし名無しさん
結局は比較の問題だと思う。俺は建設現場の人間で、選択肢は真夏に38度を超える屋外に置かれたプラスチックの仮設トイレか、ホームセンターか、運が良ければ小綺麗なガソリンスタンドだ。大型店はそもそもトイレがないか、扉が開けっ放しかのどちらか。冷房さえ効いていれば、誰にどう思われようが構わない。
15. やらかし名無しさん
昔、中国で教師をしていた。妻が中国人で、よく作ってくれたのが「虎皮尖椒」——直訳すると虎の皮の唐辛子という料理だ。名前のとおり、しっかり辛い。普段は週末しか食べないことにしていたのに、ある日、日曜の夜に食べるという致命的な判断ミスをした。翌朝の学校は地獄で、1コマ目を終えたところで限界が来た。校長に事情を話して早退したよ。20年の教員生活で早退したのは、後にも先にもあの一度きりだ。
16. やらかし名無しさん
インド料理の辛さの上限も、タイ料理の上限とそんなに変わらない気がする。自分はタイ料理ならレベル4あたりが定位置で、インド料理だとビンダルー(酸味の効いた激辛カレー)を選ぶことが多い。たまに調子に乗ってファール(それよりさらに上の最辛カレー)に手を出しては後悔している。
17. やらかし名無しさん
その「レベル7」、たぶん観光客向けの目盛りだよ。地元の人が普段食べている基準でレベル7を出してくれと頼んでみるといい。まったく別の世界が開けるから。ただし、二度と頼まなくなるとも思う。
18. やらかし名無しさん
うまいことを言うようだけど、彼はまさに”刈り取られた”わけだ。世界最辛クラスの唐辛子に、キャロライナ・リーパー(意味は「死神=刈り取る者」)というのがある。今回の主役は、その死神に報いを刈り取られた側だな。
19. やらかし名無しさん
昼のパッタイだけなら、たぶん耐えられたと思うんだよ。問題は夜だ。付け合わせのないバーガーを前にして、家に激辛スナックしか置いていなかったという環境そのものが敵だった。お父さんに罪はないけれど、ポテトくらいは添えてあげてほしかった。
20. やらかし名無しさん
一番遠いトイレを選ぶところまでは完璧な判断だったのに、そこに電球交換が来るのは運が悪すぎる。世の中には努力ではどうにもならない領域があるという話だ。設備の担当者も、たぶん一生忘れないと思う。
まとめ
昼に辛さレベル5のパッタイ、夜に激辛スナック。やらかしの正体は「自分の胃袋への過信」というより、単に昼の献立を忘れたことだった。海外の反応は、同じ轍を踏んだ経験者の告白、「そもそもパッタイは辛い料理じゃない」という冷静な指摘、そして「一番遠いトイレを選ぶ配慮まで完璧だったのに」という同情に分かれた。教訓があるとすれば、辛さの数字は自分の強さを測る物差しではないということ。そして、昼の自分がやったことの請求書は、必ず翌朝の自分に回ってくるということだ。


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