職場の廊下で、毎日のように足を止めて眺めていたものがある。別の部署が世話をしている、蝶の飼育箱だ。幼虫がさなぎになり、やがて羽が開く。ある日、同僚に「今から外に放すって。見に行こう」と誘われて、投稿者は迷わず走ってあとを追いかけた。輪になった十数人の中に、知っている顔はひとつもない。それでもにこにこ立っていた投稿者は、その数分後に、自分がその場にいるべきではなかった理由を知ることになる。
※注:北米の学校や職場では、幼虫からさなぎ、羽化までをネット張りの小さな飼育箱で育て、成虫になったところで屋外に放す催しが行われることがあります。生き物の観察行事として行われるほか、結婚式や、故人をしのぶ会の中で「見送り」の意味を込めて蝶を放すこともあります。
何をやらかした?
📌 職場の別部署が育てていた蝶を外に放す催しに、同僚の誘いで飛び入り参加した投稿者。知り合いが一人もいないまま輪に加わり、進行役が「何か一言ある方はどうぞ」と促したあとの沈黙に、良かれと思って「蝶たちが長く元気に生きますように」と声を出す。その直後、これが三週間前に亡くなった社員をしのぶ会であることに気づいた。
事の発端
通りすがりに毎日のぞいていた、ネット張りの飼育箱
投稿者の職場には、別の部署が世話をしている小さな飼育箱がいくつか置かれていた。ネットで囲われた箱の中にいるのは蝶の幼虫で、しばらくするとさなぎになり、やがて羽化して蝶になる。廊下を通るたびに投稿者は足を止め、中をのぞきこんでいた。虫が姿を変えていく過程を目の前で追えるのが単純に面白かったからで、それ以上の意味はない。世話をしている部署の人たちとは、話したことも、顔を合わせたこともなかった。
「今から外に放すって。見に行こう」
その日、昼休みに入ったところで、同じように飼育箱をのぞきに来ていた同僚から声をかけられる。「ねえ、今から建物の外で蝶を放すんだって。見に行こうよ」。投稿者の反応は速かった。何週間も見てきた幼虫が、いよいよ空へ出ていく瞬間である。走って一行のあとを追いかけた。頭の中にあったのは「十人ちょっとの部署が、自分たちで育てた蝶を外に放すだけの、ささやかな催し」という絵だけだった。
やらかしの一部始終
輪になった人たちの中に、知っている顔がひとつもない
外に出ると、小さな人だかりが輪をつくっていた。投稿者は、その場にいる誰ひとりとして知らなかった。顔すら見たことがない。それでも「よその部署の集まりならそんなものだろう」と思い、輪の端に立って、にこにこしながら開始を待っていた。やがて進行役の女性が前に出て、こう切り出す。「人前で話すのが得意ではないので、うまく話せなかったらごめんなさい」。投稿者は内心で首をかしげた。蝶を放すだけなのに、そんなに構えなくてもいいのに——。
沈黙を埋めようとして、口をついて出た一言
続けて彼女はこう言った。「放す前に何か一言ある方がいらっしゃったら、どうぞ」。誰も口を開かない。あたりはしんと静まり返り、その沈黙が投稿者には気まずく感じられた。だから、場をほぐすつもりで明るい声を出した。「蝶たちが長く元気に生きますように」。……そこで、頭の中でぱちんと何かがつながる。三週間ほど前、社内の全員に一通のメールが回っていた。社員の方が亡くなったという知らせだった。投稿者は面識がなかったので、そのときは深く気に留めていなかった。目の前で行われていたのは、その方をしのぶ会だった。亡くなった彼女は蝶がとても好きで、蝶を外に放すことが会の中に組み込まれていたのである。
抜けるに抜けられない三十分
同僚と顔を見合わせた。二人とも同じことを考えていた——追悼の場に、部外者として紛れ込んでしまった。ほどなく、故人が好きだったというしっとりした曲(アメリカの男性シンガーソングライター、ジョン・メイヤーのバラード)が流れはじめる。あちこちですすり泣きが起こり、故人と親しかった人たちが順番に言葉を寄せていく。それが三十分ほど続いた。投稿者と同僚は輪の端で、身動きも取れずに立ち尽くしていた。ここまで来て途中で抜け出すのは失礼にあたる。そもそもこの場にいること自体が失礼なのだが、帰るのもまた失礼——結局、汗をかきながら最後まで立っていることしかできなかった。
その後
会が終わったあと、二人は関係者のところへ行って正直に伝えた。「本当に知らなくて……勝手に入り込んでしまって、すみませんでした」。投稿者は元スレッドで、この件をこう整理している。追悼の会だと知っていたら、絶対に行かなかった。故人と面識はなく、その場の誰とも知り合いではなく、自分が立ち入っていい時間ではなかった。周りが迷惑に思っていたかどうかは分からないし、そこが問題なのでもない。分かっていれば、自分の意思で遠慮した——ただそれだけだ、と。
そのうえで「厳密に言えば、これは自分のやらかしと言い切れないのでは」とも書いている。誰ひとり「これは身内の会だから」と教えてくれなかったのは事実だからだ。それでも、知らない人しかいない催しに自分の足でついて行ったのは自分の判断で、「あの蝶が飛び立つところをどうしても見たい」と思わなければ、この三十分は発生しなかった。だから、やらかしとしてはこれで成立するはずだ、というのが投稿者の言い分である。
なお、肝心の蝶については後日、投稿者が質問に答えている。無事に放たれた。色はオレンジ。数は4匹。ほとんどは自分から出てこようとせず、そっと促されてようやく飛び立った。投稿者の体に止まった蝶は、一匹もいなかった。
海外の反応
1. やらかし名無しさん
そこにいるべくして、いたんだと思う。気づいたあとのふるまいは丁寧だったし、終わってから自分の口でちゃんと事情も説明した。故人が大切にしていたものが、たまたま通りすがりのあなたのところにも届いた、というだけの話じゃないかな。
2. やらかし名無しさん(>>1への返信)
それに本人がその場で見ていたら、たぶん笑ってたと思うよ。自分が大好きだった蝶で誰かがあんなに嬉しそうにしていたなら、悪い気はしないはずだ。
3. やらかし名無しさん(>>1への返信)
敬意をもってその場に立って、最後は自分から頭を下げた。人にできることってそれ以上ないでしょ。逃げなかっただけで十分立派だと思う。
4. やらかし名無しさん
そもそも蝶に「長生きしてね」と願うのは、成虫の寿命を考えるとなかなか難しい注文で、平常時でもちょっと面白いんだよな。それがよりによってあの場面で出てしまったのが、もう気の毒すぎる。
5. やらかし名無しさん(>>4への返信)
悪気は完全にゼロなのに、その場の空気だけを百パーセント外してるのが刺さる。自分にも起こりうる事故すぎて、読んでるこっちの手のひらまで汗をかいた。
6. やらかし名無しさん
まだマシなほうだよ。テンションが上がったまま「よし野郎ども、思いっきり飛んでけー!」とか叫ばなくて本当によかった。あの静けさの中でそれをやっていたら再起不能だった。
7. やらかし名無しさん(>>6への返信)
自分だったら間違いなく映画の決めゼリフみたいに「行けぇーっ!」と腕を振り上げてたと思う。想像しただけでいたたまれない。
8. やらかし名無しさん(>>6への返信)
勢いあまって「これ、毎月やりましょうよ!」まで言っていた可能性もあるからな。一言で止まったのはむしろ幸運だったと思う。
9. やらかし名無しさん(>>8への返信)
それを言われていたら私は絶対に噴き出してた。そして今度は、笑い死んだ私のためにまた蝶を放す会を開いてもらうことになる。
10. やらかし名無しさん
これ投稿者だけの落ち度ではないでしょ。身内だけの会にしたいなら、外に出る前にひと言そう伝えておけばよかっただけの話だと思うんだけど。
11. やらかし名無しさん(>>10への返信)
投稿者本人がそこを否定しているのがいいんだよな。相手が迷惑だったかどうかは分からないし、そこが問題でもない。知っていれば自分から遠慮した、それだけだと言っている。
12. やらかし名無しさん
亡くなった方も、毎日あの飼育箱をのぞきに来ていた人が最後の日にその場にいたことを、たぶん嫌がらないと思う。むしろ蝶を面白がってくれる人がいてよかった、くらいなんじゃないかな。
13. やらかし名無しさん(>>12への返信)
自分はもう見られないぶん、誰かに見ていてほしかった、という気もする。最後にもう一度だけ、知らない誰かと蝶を分け合えたことになる。
14. やらかし名無しさん
うちの結婚式で妻が蝶を放したいと言い出したときの話をしていい? 生きた蝶は冷やした状態で一匹ずつ箱に入って届く。式の終わりに合わせてゆっくり温めて、飛べる状態にしておくんだ。当日は列席者に箱を配って、合図で一斉に開けてもらった。ほとんどはすぐ飛び立ち、何匹かは人の肩に止まってのんびりして、花に直行するのもいて、本当にきれいだった。……そこにカモメが気づいた。数万円かけて、海辺のカモメに昼食を配っただけだったよ。
15. やらかし名無しさん(>>14への返信)
途中まで「素敵だな、うちの式でも候補に入れようかな」と思いながら読んでいたのに、最後の段落で表情が固まった。案として書き出す前に消せてよかった。ありがとう。
16. やらかし名無しさん(>>14への返信)
鷹匠を呼んで鳥を追い払ってもらえば完璧な会になるのでは、と一瞬思ったけれど、それはそれで食物連鎖を一段増やしているだけな気もしてきた。
17. やらかし名無しさん
小学一年生のとき、クラスで蝶を育てて最後に校庭で放したことがある。木に住んでいたスズメたちにとっては最高の企画だったらしく、二十人の一年生が全員固まったまま見ていた。あの日の教訓は今も残ってる。
18. やらかし名無しさん
野暮を承知で言うと、飼育した蝶を屋外に放すのは環境の面ではあまり推奨されていない。飼育下の個体が寄生虫を野生の群れに持ち込む恐れが指摘されていて、地域や生息環境の相性を確認したうえでも懸念は残るらしい。気持ちはすごく分かるんだけどね。
19. やらかし名無しさん
自分は職場で回ってきたお悔やみの寄せ書きカードに、中身を確認もせず「お誕生日おめでとうございます」と書いたことがある。だから今回の話は、まったく他人事として読めない。
20. やらかし名無しさん
そもそも追悼の場に人が来たことで怒る人なんていないよ。知らずに来た人が最後まで静かに立って、終わってからきちんと頭を下げて帰った。それだけの話で、誰も傷ついていない。
まとめ
毎日眺めていた蝶が飛び立つところを見たかっただけなのに、気がつけば知らない人の追悼の輪の中で、汗をかきながら三十分立ち尽くしていた——海外の反応は投稿者を責めるどころか、「蝶を毎日見に来ていた人がその場にいたのは、故人にとってもきっと悪いことではない」という受け止めがほとんどでした。悪気ゼロのまま、その場の空気だけを完全に外してしまう瞬間は誰にでも訪れます。そうなったときは、投稿者のように最後まで立って、終わってから正直に頭を下げるしかないのでしょう。


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