7歳のとき、投稿者の喉に腫れと痛みが出た。医者の診断はおたふく風邪。10歳で同じ症状が戻ってきたときは「気持ちの問題」だと言われ、そこから何年もの通院とカウンセリングが始まる。扁桃腺を取り、アレルギーの注射を3年間受け、それでも「喉に何かが詰まっている感じ」だけは消えなかった。そして35年目のある日の夕食で、それはあっけなく終わった。
※注:膿栓(のうせん)は、扁桃腺の表面にあるくぼみに食べかすや細菌が固まってできる白っぽい小さな塊で、俗に「臭い玉」とも呼ばれる。この記事に何度か出てくる。また、心因性とは、体をいくら調べても異常が見つからず、症状の原因が心の状態にあるとされることを指す。
何をやらかした?
📌 投稿者は7歳のときから約35年間、喉の奥の腫れと「何かが詰まっている感じ」に悩まされ続けた。診断はおたふく風邪、心因性、アレルギーと転々とし、何年ものカウンセリング、扁桃腺の摘出手術、3年間のアレルギー注射を経ても違和感は消えなかった。ところが先日、末っ子が作ったタコライスを食べていて硬いものを噛み、ナプキンに吐き出したら骨のかけらだった。その瞬間、35年分の違和感が消えていた。
事の発端
7歳、いとこたちとの旅行先で喉が腫れた
始まりは7歳の夏だった。いとこたちと車で出かけている最中に、首から喉にかけてが痛みをともなって腫れた。周りの大人は風邪のひきはじめだろうと考えた。日に当たって少し休んでいれば治る、という扱いである。本人は今でもそのときのことをはっきり覚えていて、理由は単純に、食事がろくにできないほど不快だったからだ。
結局そのまま1週間ほど我慢して、家に帰ってから両親に打ち明けた。小児科医は喉のあたりをあれこれ触ったあと、母親にこう告げた。おたふく風邪ですね、と。ワクチンは打ってあった。それでもおたふく風邪だと言われた。
10歳、「注目されたいだけなのでは」
症状はいったん引いた。次に来たのは10歳のころである。今度の医者は学校を出たばかりの若手で、これはおたふく風邪であるはずがないと言い切り、画像検査と各種の検査に回した。結果は、どれもはっきりしなかった。
そこで出てきた新しい結論が、心因性だった。以後、投稿者は何年もの通院とカウンセリングに送り込まれる。なぜその感覚を手放せないのか。もしかして注目されたいだけではないか。注意欠如・多動症の傾向があるのではないか。話し合われたのはそういうことばかりで、喉そのものはもう誰も見ていなかった。
そのあいだも、喉の感覚は一度も完全には消えていない。強くなったり弱くなったりしながら、ただそこにあり続けた。
やらかしの一部始終
19歳、氷点下の駐車場で何かが数センチ動いた
時間は飛んで19歳。投稿者は軍に入っていて、休暇で実家に帰り、友人や家族に会っていた。喉の違和感とはこの時点ですでに12年のつきあいである。その日は友人の車に乗せてもらって携帯電話ショップへ向かった。外は氷点下で、友人のトラックの暖房は本人いわく「ネズミのおならくらいの熱量」しかない。途中で温かいコーヒーを買って、車に戻った。
一口すすった瞬間、喉から首にかけて、何かが数センチ単位で動いた。投稿者は激しく咳き込み、ポップコーンの粒くらいの塊を吐き出した。それが何なのか、そのときは見当もつかなかった。ティッシュに包んで持ち帰ると、両親は一目で正体を言い当てた。膿栓である。
ようやく答えが出た。これで終わりだと投稿者は思った。終わらなかった。
32歳、「もう扁桃腺ごと取りましょう」
次の節目は32歳ごろ。子どもがいて、妻がいて、仕事もある。膿栓のほうは自分なりの手入れでだいたい抑え込めていたが、「喉に何かが詰まっている感じ」だけは、ほとんど四六時中そこにあった。引っ越したばかりの街で、投稿者はようやく耳鼻咽喉科にかかる。医師の提案は明快だった。膿栓のためのあれこれはもうやめて、扁桃腺そのものを取ってしまいましょう。
投稿者は全面的に賛成した。妙な洗口液も、狂ったように歯を磨く生活も、特定の食べ物を避けるのも、全部終わりにしたかった。
手術は行われた。ただし回復はひどいものだったと本人は書いている。出血し、森の奥にあるような田舎の救急外来に駆け込み、たいした痛みでもない段階で強い医療用の鎮痛剤を渡され、しかもその病院は全部で10人くらいしか人がいなさそうな規模だった。それでも扁桃腺はなくなった。
喉の詰まった感じは、残った。
体感100回目のセカンドオピニオン、そして3年のアレルギー注射
手術のあとに残る幻の痛みだろう、と投稿者は自分に言い聞かせ、その感覚と一緒に生きようとした。やがてもっと大きな街へ引っ越し、本人の体感で100回目にあたるセカンドオピニオンを求めに行く。検査が増え、通院が増えた。そして今度の結論はアレルギーだった。
投稿者はアレルギーの注射を3年間受け続けた。
それでも、感じた。
ここで投稿者は完全に折れている。周りは自分を頭がおかしい人か、痛み止め欲しさに大げさに言っている人かのどちらかだと思っている。家族でさえ、これを心の問題として扱い続けていた。誰にも信じてもらえないまま25年以上が過ぎていた。投稿者は諦めた。
その後
そして先日の夕食である。末っ子がタコライスを作った。味をつけたひき肉とレタス、トマト、チーズをごはんに乗せた、沖縄生まれの料理だ。米軍基地の町で生まれ、いまでは日本中の食堂やスーパーの惣菜売り場でも見かける定番になっている。
投稿者が本人いわく「豚みたいに」がっついていると、突然、とても硬いものを噛んだ。小さなビー玉くらいの大きさである。ナプキンに吐き出してみると、それは骨だった。かけらというより、はっきりと骨の塊だった。
最初に浮かんだのは「ひき肉にどうやってこんな骨が入るんだ」という疑問だったという。そして次の瞬間、気づいた。あの詰まった感じが、消えている。
35年で初めて、腫れも痛みも、喉に何かがある感覚もなかった。おたふく風邪もない。ただの、普通の喉だった。
ここから先について、投稿者はかなり慎重な書き方をしている。まだ画像検査は受けていないので、耳鼻咽喉科の再診を予約したこと。誰も信じてくれないだろうから、出てきたものは袋に入れて取ってあること。扁桃腺のあった周辺や喉のくぼみのような、見つけにくい場所に引っかかっていた可能性は自分でも分かっていること。そして、医学的な奇跡を主張しているわけではなく、起きたことをそのまま書いているだけだということ。骨ではない何かである可能性もある、だからこそ保管しているのだ、とも。
コメント欄の求めに応じて投稿者が上げた写真には、大きさの比較用に100円玉が並べて置かれていた。夕食がタコライスだったことと合わせると、この人が今どのあたりに住んでいるのか、なんとなく察しがつく。
後日、投稿者は追記を出している。医師はその物体を病理検査に回した。切ってみると芯のような層があり、その上を35年分の何かが覆っていたのが見て取れたという。喉も診てもらい、どこから出てきたのかもかなりはっきり分かった。看護師と医師の見立ては「魚の骨か鱗のような、何か生き物由来のもの」ではないか。ただし、コメント欄で盛り上がっていた「1982年のおもちゃの部品では」という冗談も、笑いながらではあるが頭から否定はしなかったそうだ。結果が出るのは数日後だという。
つまり、この時点で原因が確定したわけではない。35年間の違和感がなぜ消えたのかは、まだ誰も断言できていない。それでも投稿者にとっては、生まれて初めて「何もない喉」で過ごす数日間だった。
海外の反応
1. やらかし名無しさん
ずっと昔に抜けた歯を飲み込んで、それが喉のたくさんあるヒダのどこかに引っかかったままだった、という可能性はないだろうか。むしろ不思議なのは、子どものうちに誰も喉の画像をちゃんと撮らなかったことのほうだ。歯なら、レントゲンにはっきり白く写るはずなんだが。
2. やらかし名無しさん(>>1への返信)
(投稿者)うわ、それかもしれない。形も大きさも、神経の死んだ歯っぽいんだよな。次の診察で必ず聞いてみる。別のところに写真を上げたから、よかったら見てみてほしい。
3. やらかし名無しさん
7年間しつこく居座っていた嚢胞(皮膚の下にできる袋状のできもの)が、ある日背中をかいたらぽろっと落ちたことがある。あのときの解放感は、今でも人生で味わった最高の感覚のトップ10に入っている。心ゆくまで味わってほしい。ようやく終わったんだから。
4. やらかし名無しさん(>>3への返信)
兄も腕に同じようなのを抱えていて、乾いたニキビみたいな小さいふくらみがずっと消えなかった。我慢の限界がきて切ってもらったら、出てきたのはブラジルナッツくらいの大きさの塊で、表面に見えていた部分は氷山の一角だったらしい。
5. やらかし名無しさん
石灰化した膿栓ということはないだろうか。扁桃腺そのものを取ったあとでも、その周りのくぼみに残ることはあると聞いたことがある。
6. やらかし名無しさん(>>5への返信)
自分もそれを考えていた。うちは扁桃腺自体は小さいのに、できるのは決まって舌の付け根の奥にある小さなくぼみのほうなんだ。扁桃腺のほうはすぐ落ち着くのに、その下は何週間、下手をすると何か月も残る。医者が覗いても見えにくい場所は普通にあると思う。
7. やらかし名無しさん
写真を、写真をくれ。35年分の痛みの話だけ聞かせておいて現物なしというのは、さすがにあんまりだと思う。
8. やらかし名無しさん(>>7への返信)
(投稿者)上げておいた。大きさが伝わるように、横に100円玉を置いて撮ってある。たぶん想像しているより大きいと思う。
9. やらかし名無しさん(>>8への返信)
夕食がタコライスで、比較に置くのが100円玉。この2つだけで、この人が今どのへんに住んでいるのかだいたい分かってしまった。そして35年を終わらせたのが、よその国から来た家庭料理だったというのがまたいい。
10. やらかし名無しさん
似たようなことがあった。10年以上、上唇の裏に小さなしこりがあったんだ。普段は気にならないのに、たまに急に存在感を出してくる。何年もつぶそうとしては痛い思いをして、何も出なかった。それが去年、いつもどおりいじっていたら本当に何かが出てきた。米粒くらいの大きさで、石か骨みたいに硬い。今も取ってある。
11. やらかし名無しさん(>>10への返信)
自分のもそういうやつだった。お湯につけた綿棒を当てていたら、穴がゆるんで中が柔らかくなって、ようやく出てきた。ああいう種類の解放感はなかなか味わえるものじゃないし、何年経っても忘れない。このスレの人たちはみんな分かってると思う。
12. やらかし名無しさん
ツェンカー憩室(食道の入り口の脇に袋状のくぼみができて、そこに食べかすや粘液が溜まっていく状態)というものがある。もしこれだったなら、常に喉に何かある感じがすることも、詰まっていたものが外れた瞬間に楽になることも説明がつく。ただそれなら、画像検査でもっと早く見つかっていてもよさそうなものだけど。
13. やらかし名無しさん(>>12への返信)
自分が同じ症状を訴えたとき、医者は即座にその名前を出してきた。その後は勝手に落ち着いたので、結局検査は受けずじまいになっている。食べてから2、3時間も経ってから急に咳が出て、スパゲッティらしきものが出てきたときは本当に驚いた。体にああいう溜まり場があるというのが、そもそも怖い。
14. やらかし名無しさん
この話のどこがこの人のやらかしなんだ。読んでいる限り、やらかしたのは医者のほうにしか見えないんだが。
15. やらかし名無しさん(>>14への返信)
それも少し違う気がする。扁桃腺を取る手術までしていて、そのときですら見つからなかったわけだから、よほど見えにくい場所にあったということだ。医者も人間だし、これは相当まれで異常な事例だと思う。責める先を探すより、まず本人が楽になったことを喜びたい。
16. やらかし名無しさん
これだけは言っておきたいんだけど、喉の違和感を自分で軽く見ないほうがいい。うちの父も長年の胸やけだと片付けていた症状が、ちゃんと調べたら別の原因だった。おかしいと思ったら、何度でも診てもらってほしい。
17. やらかし名無しさん(>>16への返信)
(投稿者)そこは何年もいちばん怖かったところだ。別件でがんの専門医にもかかっていて、そちらは今のところ問題なしと言われている。ここ何年か、心の支えになっていたのは正直それだけだった。
18. やらかし名無しさん
出てきたものを取っておいたというのが最高だ。医学史上もっとも説得力のある「だから言ったでしょう」だと思う。ぜひ額に入れて飾ってほしい。
19. やらかし名無しさん
もし本当に骨だったら、心因性だと言った先生と、あれを気のせい扱いしてきた全員に検査結果のコピーを送りつけてやりたい。もちろん、ひとことも添えずに封筒に入れて。
20. やらかし名無しさん
母は15年間、片方の耳が聞こえなかった。発作を起こしたあと急に聞こえなくなったので、その後遺症だと思って誰も疑わなかった。それが15年後、理容の勉強で覚えた頭のマッサージを試していたら、耳から小さなおもちゃのハンドルがぽろっと落ちてきて、その日から普通に聞こえるようになった。発作のときに子どもの誰かが入れたんだろう、と本人は言っている。
21. やらかし名無しさん
病院に行ったあとの続きを絶対に報告してほしい。35年も痛い思いをした末にあれだけの物が出てきて、何だったのか分からないまま終わっていいはずがない。こっちも気になって夜も眠れない。
まとめ
7歳から35年、診断名だけが次々と変わっていって、そのたびに本人は「気のせい」の側に押し戻されてきた。それが夕食のタコライスで、何の前触れもなく終わる。原因が何だったのかは病理検査の結果待ちで、投稿者自身も「医学的な奇跡を主張しているわけではない」と繰り返し断っている。コメント欄も医者を責める方向にはあまり行かず、「自分にも10年抜けなかった何かがあった」という体験談が延々と続いた。長く続く不調を、自分で「もう慣れたから」と処理してしまわないこと。この話から持ち帰れるものがあるとすれば、たぶんそこだと思う。

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