「誕生日なら覚悟もできる、これはなんの予告もなく1年だけ持っていかれた」46歳のつもりが47歳だった話

「誕生日なら覚悟もできる、これはなんの予告もなく1年だけ持っていかれた」46歳のつもりが47歳だった話 体調・身体

誕生日が来れば年を取る。それは分かっている。ケーキにろうそくが1本増えることも、周りが数字を口に出すことも、全部あらかじめ予告されている。ところが、誕生日でもなんでもないただの平日に、なんの前触れもなく1年ぶんの時間を持っていかれることがある。「ずっと自分は46歳だと思っていたのに、今日、実は47歳だと気づいてしまった」——海外の掲示板に投稿されたこの告白に、まったく同じことをやった人たちが次々と名乗りを上げた。

何をやらかした?

📌 投稿者は自分を46歳だと思い込んだまま、かなりの期間を過ごしていた。ところがある日ふと計算し直したところ、正しくは47歳。誕生日を迎えたわけでもないのに1歳ぶんの数字が飛び、40代半ばのつもりだった自分が一気に40代後半へ。「50歳までに」と考えていたことの残り時間も、その場で1年短くなった。

事の発端

自分の年齢は、意外と「その場で計算しているもの」

まず前提の話をしたい。自分の年齢を暗記している大人は、実はそんなに多くない。多くの人がやっているのは暗記ではなく計算である。今年の西暦から生まれた年を引く。そして、今年の誕生日がもう来ているかどうかを確認して、まだなら1を引く。この最後のひと手間が事故のもとになる。誕生日がとっくに過ぎているのに、頭の中では「まだ来ていない」ことになったまま1を引き続けていると、まるごと1年ぶんズレた数字が出てくる。しかも、いったんその数字が頭に定着してしまえば、次からは計算すらしない。「たしか46だったな」で済ませるようになり、間違いはそのまま固定される。

大人になるほど、自分の年齢を口に出す機会が減っていく

子どものころは、自分の年齢を言う場面が毎日のようにあった。学年、習い事、身体測定、初対面の大人からの「いくつ?」。年に何度も声に出すし、間違えれば誰かが即座に訂正してくれる。ところが大人になると、この機会がほとんど消える。書類に書くのは生年月日であって年齢そのものではないし、職場で年齢を申告する場面もまずない。つまり、間違った数字を持ったまま歩いていても、誰にも指摘されない状態が何か月も続く。今回の投稿者に起きたのは、この「訂正されない期間」が思いのほか長く伸びてしまった、というだけの話でもある。

日本には「数え年」という、さらにややこしい相棒もいる

ちなみに日本には、年齢の数え方がもうひとつある。生まれた時点で1歳とし、正月が来るたびに全員そろって1つ増える「数え年」だ。今は満年齢で暮らしているので普段は出てこないが、厄年や七五三、地域の風習の場面では今でも顔を出す。神社で「数えでいくつになりますか」と聞かれて一瞬固まった経験がある人は、それなりに多いはずだ。誕生日を意識しないぶん数え年のほうが楽そうにも見えるが、結局のところ「自分は今いくつなんだっけ」と考え込む瞬間は、数え方が変わっても消えてくれない。

やらかしの一部始終

引き算をし直したら、数字がひとつ増えていた

投稿者の頭の中では、長いこと数字が「46」で止まっていた。それがある日、なんでもないきっかけで改めて引き算をすることになる。今年の西暦から生まれた年を引く。誕生日はもう済んでいる。出てきた答えは47だった。46ではない。慌ててもう一度やっても、やはり47である。ここで投稿者は、自分が持ち歩いていた数字が実際より1つ小さかったことを知る。本人も「大した話ではないように聞こえると思う」と書いているが、続く一文はこうだ。「今日、自分が47だと気づいて、打ちのめされている」。

誕生日で増える1歳と、予告なく消える1年は別物だった

投稿者が引っかかったのは、数字そのものよりも、増え方のほうである。誕生日というのは、要するに事前に告知された値上げのようなものだ。日付が決まっていて、周囲も祝ってくれて、心の準備をする時間がある。ところが今回のは違った。「なんの警告もなく、人生から1年ぶんが持っていかれた感じだ」と投稿者は書いている。誕生日が1歳を足してくるのに対し、こちらは1年を引いていった。増えたのではなく、あったはずの1年が最初から無かったことになった——そういう感覚だという。

そして、40代半ばのつもりだった自分が、気づけば40代後半にいる。「いつの間にか一気に40代後半、ほとんど50歳のところまで来ていた」。40代前半と後半では、同じ40代でも自己認識がまるで違う。さらにやっかいなのは、こういう人ほど「50歳までにこれをやる」といった目標を持っていることだ。投稿者もそうだった。その残り時間が、引き算を1回やり直しただけで1年ぶん短くなってしまった。やることは何も減っていないのに、締め切りだけが手前に動いた計算になる。

その後

投稿者は最後に、自分でこう付け加えている。「われながらかなり大げさなのは分かっている」。実際、時間の流れは1秒も変わっていない。体は昨日と同じだし、明日も同じである。変わったのは、自分について持っていた数字だけだ。それでも、頭の中の自己像が一晩で1年ぶん更新されると、しばらくは足元がふわつく。投稿者はその日の気分を「今日はまだ生々しい」と表現した。

この告白がおもしろいのは、コメント欄の反応だった。慰めや励ましより先に集まったのが、「自分もやった」という同罪の申告である。1年どころか3年ズレていた人、20代の終わりで同じことをやって今も引きずっている人、病院の問診票を書きながら気づいた人。「なぜ自分の年齢を間違えられるのか本気で分からない」という真顔の疑問も出たが、それに対する返答もまた見事で、けっきょく「年齢という数字は普段まったく使わないから」という一点に落ち着いた。使わない数字は、覚えていられない。それだけの話である。

海外の反応

1. やらかし名無しさん
気づいた日おめでとう。誕生日でもないのに1歳増えたんだから、今日は実質もう1回の誕生日みたいなものでしょ。ケーキを買って帰っていい日だと思うよ。

2. やらかし名無しさん(>>1への返信)
その発想はなかった。ろうそくを1本足すだけで済むなら安いものだ……と一瞬思ったけど、その1本を足すのが嫌だから落ち込んでるんだよなあ。

3. やらかし名無しさん
分かりすぎる。私は今年の前半、ずっと自分は55歳だと思って過ごしていた。実際は58で、あと2か月で59だった。記憶の問題ということにしておきたい。年を取るのは正直しんどいけど、ただの数字だと自分に言い聞かせています。

4. やらかし名無しさん(>>3への返信)
3歳ズレはさすがに格が違う。こっちは1歳でこれだけ動揺してるのに、3年ぶんの衝撃ってどうやって消化したんですか。参考までに教えてほしい。

5. やらかし名無しさん(>>3への返信)
「ただの数字」と自分に言い聞かせているあたりが正直でいい。言い聞かせないといけない時点で、その数字はしっかり効いてるんだよな。分かる。

6. やらかし名無しさん
自分もちょうど47です。悪くない年齢だと思うよ。生きていればそのうち48になるし、48にならないほうの未来と比べたら、年を取れるのはずっといいことだ。あまり深く考えずに続けていきましょう。

7. やらかし名無しさん
36から37でまったく同じことをやりました。あのがっかり感、他人に説明するのが本当に難しい。とりあえずお互いまだ元気に動けているので、今日のところはそれで良しということにしませんか。

8. やらかし名無しさん(>>7への返信)
投稿者です。同じ経験をした人がいると分かるだけで、だいぶ楽になりました。理屈では数日で立ち直ると分かってるんですが、今日はまだ生々しくて。腹に一発もらった感じが抜けません。

9. やらかし名無しさん
これ本当の話なんですか。自分の年齢が分からないというのが正直よく分からない。誕生日の直後の1週間くらいなら間違えるのも理解できるけど、それ以外の時期にズレるというのはどういう状態なんだろう。

10. やらかし名無しさん(>>9への返信)
私の忘却力を甘く見てもらっては困る。毎日使っているカードの暗証番号を、ある日30分だけ完全に忘れたことがある。現金を持っていたから助かった。年齢みたいに普段まったく使わない数字は、その都度「今年の西暦から生まれた年を引いて、誕生日前なら1つ減らす」で出しているので、どこかで手順が狂えばそのまま何か月も走り続けます。

11. やらかし名無しさん(>>9への返信)
むしろ誕生日の直後こそ覚えていられる期間だと思う。ケーキにも数字が乗るし、もらったカードにも書いてあるし、SNSにも並ぶ。残りの11か月はどれも同じような顔をしているので、そこで間違えるのは十分あり得る話です。

12. やらかし名無しさん
去年の私は、自分は27でもうすぐ28だと思っていた。30まではまだ余裕があるぞ、と。実際は28でもうすぐ29でした。あれは膝から崩れた。いま30になったけど、いまだに小さく引きずっています。

13. やらかし名無しさん
今年やりました。28だと思っていたら29でした。しかも指摘してきたのが、なぜか私の年齢を正確に把握している職場の後輩だったのが地味につらい。自分より他人のほうが詳しいって何なんだ。

14. やらかし名無しさん(>>13への返信)
自分の年齢を他人のほうが正確に知っている現象、あるあるすぎる。うちは母がそれで、電話するたびに「あんた今年で○○でしょ」と言われて毎回びっくりしている。合ってるのが余計につらい。

15. やらかし名無しさん
自分は子どもの年齢から逆算する派です。上の子が生まれたときに自分がいくつだったか、を起点にする方式。なので子どもの年齢を間違えると自分の年齢も連鎖して間違える。去年それをやって家族に大笑いされました。

16. やらかし名無しさん
心配しなくていい。46も47も48も体感はまったく同じです。49だけは少し痛い。来年50になると自分で分かってしまうから。でもそこさえ通過すれば、また平気になります。私が保証します。

17. やらかし名無しさん
誕生日でもないのに1歳増える現象、履歴書とか病院の問診票の年齢欄で発覚しがちだと思う。ペンを持ったまま数秒固まって、指を折って数え直して、そこで初めて気づく。あの数秒がいちばん怖い。

18. やらかし名無しさん(>>17への返信)
まさに問診票で判明しました。窓口で思わず「あれ?」と声が出てしまって、受付の人に不思議そうな顔をされたのを今でも覚えています。

19. やらかし名無しさん
あるサイトのプロフィールに表示されている自分の年齢がどうも違う気がして、「この年のこの日に生まれた人は今何歳」で検索して確認したことがある。誰にでも起きることですよ、本当に。

20. やらかし名無しさん
私は10年近く、ずっと1つ若い数字で申告していました。悪気があったわけではなく本当に間違えていただけなんだけど、途中で気づいたとき「今さら訂正するのも変だな」と一瞬よぎってしまった。ちゃんと直しました。

21. やらかし名無しさん
素数の年齢というのは実はなかなかの当たりだと思っている。47は素数です。こういう年はもっと盛大に祝っていいはずで、しかも次に素数になるのは53だから、そこまで間が空くのはもったいない。

まとめ

誕生日は1歳を足してくるが、思い違いの発覚は1年を引いていく。同じ数字の変化でも、心の準備があるかどうかでここまで手触りが違うらしい。コメント欄に並んだのは慰めより先に「自分もやった」の告白で、1歳ズレから3歳ズレまで話題は尽きなかった。結論としては、年齢は普段使わない数字なので忘れる。それだけのことである。次に問診票の年齢欄で固まったら、この記事を思い出してほしい。

元ソース: 自分の年齢を実際とは違う数字だと思い込んでいた件

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