「バッキー」。高校の4年間、投稿者はある同級生をずっとそう呼んでいた。アメコミ好きの頭のなかでは、キャプテン・アメリカの相棒の名前から取った、なかなか気の利いたあだ名のつもりだった。相手は一度も嫌がらなかったし、やめてくれとも言わなかった。だから通じているのだと思っていた。卒業式の日、確認のつもりで聞いたひと言で、それは全部ひっくり返る。あれから30年近く経っても、思い出すたびに血の気が引くのだという。
※注:この話には二つの前提がある。ひとつは「バッキー・バーンズ」という名前。アメコミ『キャプテン・アメリカ』に登場する主人公の幼なじみで、戦友でもある相棒だ。のちに「ウィンター・ソルジャー」という名で敵側に立つ人物として描き直され、2010年代の映画で一気に有名になった。ただしこの話の舞台は1990年代、映画化のはるか前である。もうひとつは英語の言葉遊びで、出っ歯のことを英語で buck teeth(バックティース)と言い、そこから出っ歯の人をからかうあだ名として「Bucky(バッキー)」が使われる。つまり「バッキー」というひとつの音に、アメコミの相棒の名前と、出っ歯をあざける呼び名という、まったく違う二つの意味が重なっている。この記事はその一点だけで成り立っている。
何をやらかした?
📌 1990年代のアメリカの高校。投稿者はデイヴィッド・バーンズという同級生を、名字つながりでアメコミの登場人物にちなんで「バッキー」と呼び続けた。相手が嫌がる素振りを見せなかったので、当然その元ネタは通じていると思い込んでいた。卒業式の日にふと確かめてみると、デイヴィッドはその登場人物をまったく知らず、4年間ずっと自分の出っ歯を笑われているのだと思って、黙って受け入れていた。
事の発端
名字がバーンズだった、それだけの理由
1990年代、投稿者は高校生だった。※ アメリカの高校は4年制なので、入学から卒業まで4年ある。アメコミが好きで、登場人物の名前がひととおり頭に入っている種類の子どもである。同級生に「デイヴィッド・バーンズ」がいると知ったとき、頭は勝手につながった。バーンズ。バッキー・バーンズだ。投稿者はのちに「われながら相当なオタクだった」と認めている。しかも当時、キャプテン・アメリカの本編を熱心に読んでいたわけですらない。マーベルの登場人物を五十音順に並べた事典のようなシリーズがあり、そこで覚えた名前だった。本人はどちらかといえばX-MEN(エックスメン)派で、それも一作目の映画が公開されるより前の時代の話である。
「バッキーって呼んでいい?」
名誉のために書いておくと、投稿者は無断で呼び始めたわけではない。使いはじめる前に、ちゃんと本人に聞いている。「バッキーって呼んでいい? バッキー・バーンズの」。デイヴィッドは「ああ」と答えた。投稿者はその返事を、元ネタが通じた合図として受け取った。──ここが分岐点だった。相手は名前を知らないまま「ああ」と言っただけであり、なんなら「バッキー・バーンズの」という補足すら、本人の耳には意味のない音の連なりとして流れていった可能性が高い。
4年間、一度も嫌がられなかった
二人はレスリング部で、毎日同じマットの上にいた。放課後に一緒に遊ぶような間柄ではなかったが、顔を合わせない日はない。廊下ですれ違えば「よう、バッキー」。教室でも「調子どう、バッキー」。それが4年間続いた。デイヴィッドは一度も言い返さなかった。露骨に不機嫌にもならなかったし、やめてくれとも言わなかった。投稿者はその沈黙を、そのまま「通じている」と読んだ。いま振り返れば、これほど都合よく読める沈黙もない。
やらかしの一部始終
卒業式の日、ふと思い立った確認
高校最後の日。二人でだらだらと話していたとき、投稿者はふと思った。このあだ名を4年も使ってきて、自分は一度も、本当に伝わっているかを確かめていない。深い意味はなかった。ちょっとした答え合わせのつもりだった。「なあ、俺がずっとバッキーって呼んでる理由、分かってるよな?」
「ああ、もちろん」
デイヴィッドはこちらを見た。表情はまったく動いていない。少しだけ、諦めが混じったような顔だったという。そして、こう答えた。
「ああ、もちろん。俺の出っ歯のことだろ」
投稿者は「心臓がそのまま胃に落ちた」と書いている。デイヴィッドはバッキー・バーンズを知らなかった。知らないまま、4年間、毎日、廊下でも教室でもマットの上でも、面と向かって自分の見た目を笑われ続けているのだと理解していた。そしてそれを、抗議もせず、聞き流すでもなく、ただ自分の日常として受け入れていた。「ああ、もちろん」の「もちろん」が、いちばん重い。疑ったことすら一度もなかった、ということだからだ。
投稿者は、歯に気づいてすらいなかった
のちにコメント欄で「4年もいて出っ歯だと気づかなかったのか」と聞かれ、投稿者はこう答えている。気づいていなかった、と。「本人はずっと気にしていたんだと思います。でも、まったく目立たなかった」。当人が毎日鏡の前で気にして、隠しどころを探して、そのうえで4年分の呼びかけを全部その意味で受け取っていたものを、呼んでいた側は最後まで視界に入れていなかった。片側にだけ存在していた4年間である。
その後
投稿者はその場で本当の理由を説明した。アメコミの登場人物の名前で、キャプテン・アメリカの相棒で、名字がバーンズだからで、見た目のことは一ミリも考えていなかった。デイヴィッドの反応は、拍子抜けするほど穏やかだったという。「え、そうだったの?」と言って、笑った。それだけである。投稿者いわく、もともと落ち着いた性格の男で、この事実を知らされたときの態度もやはり落ち着いていた。
謝罪もした。何度もした。二人はそのまま笑い話にして、険悪な空気になることもなく、悪感情ひとつ残さずに卒業した。ここだけ切り取れば、きれいに終わった話である。
それでも投稿者は、あの説明で全部が帳消しになったとは思っていない。「彼はちゃんと理解してくれました。でも、あの説明で4年分の痛みが完全に消えたとは、正直まったく思えないんです」。笑って許してもらえたことと、4年間なにも起きなかったことは、別の話だからだ。相手が水に流してくれたぶんだけ、投稿者の側にはやり場のない後悔が残った。三十年近く経ったいまでも、ふと思い出すたびに背筋が冷たくなる、と本人は書いている。
ひとつだけ、後年に起きた妙な救いがある。2010年代、映画のなかでバッキー・バーンズは世界中に知られる人気の登場人物になった。無名の脇役どころか、むしろ強くて格好いい側の存在である。投稿者はそこに一縷の望みを託していた。「バッキーがあれだけ格好よくなったとき、あれでデイヴィッドが少しは救われてたらいいんだけど、と思ってしまいました」。もちろん、それで過去が書き換わるわけではない。ただ、あの4年間を別の意味で思い出せる材料が、30年遅れで一つだけ届いたことにはなる。
海外の反応
1. やらかし名無しさん
90年代にキャプテン・アメリカの脇役をそこまで把握してる時点で、投稿者は相当なアメコミオタクだったんだろうな。悪気がないのは分かるけど、知識の守備範囲が自分と同じだと思い込むのは危険だ。
2. やらかし名無しさん(>>1への返信)
(投稿者)相当なオタクでした。しかもキャプテン・アメリカを読み込んでいたわけですらなくて、マーベルの登場人物事典みたいなシリーズで覚えた名前なんです。本来はX-MEN派で、それも一作目の映画が出るより前の話です。
3. やらかし名無しさん
補足しておくと、90年代のバッキー・バーンズは原作でとっくに戦死した扱いの、かなりマニアック枠の名前だった。ウィンター・ソルジャーもまだ存在していない。よほどの原作好きでもないかぎり、知らないほうが普通だよ。
4. やらかし名無しさん(>>3への返信)
つまり相手が知らなかったのは相手の落ち度でもなんでもなくて、投稿者の基準が世間からずれていただけということになる。あだ名って、つける側の常識でつけると、だいたいこういう事故が起きる。
5. やらかし名無しさん
いちばんこたえるのは「ああ、もちろん」という答えかたなんだよな。「たぶんそうだろ」でも「そういうことだろ?」でもなく、もちろん、なんだ。4年間、一度も別の可能性を疑ってすらいなかったってことになる。
6. やらかし名無しさん(>>5への返信)
そのうえで一度も言い返さなかったのが本当にきつい。平気だったから黙っていたんじゃなくて、言っても仕方がないと思って黙るほうを選んでいたわけで。あの返事の温度が全部を物語ってる。
7. やらかし名無しさん
それで、本当の理由はちゃんと伝えたのか? 伝えたとしたら、相手はどんな反応をしたんだ。ここで終わられるとこっちが落ち着かないんだが。
8. やらかし名無しさん(>>7への返信)
(投稿者)その場で全部話しました。もともと穏やかな男で、この件に対する反応もやっぱり穏やかで、「え、そうだったの?」と言って笑ってました。ただ、あの説明で4年分が消えたとは、自分ではまったく思えていません。
9. やらかし名無しさん
根っからの悪人がやるいじめも確かに存在するけど、実際の大多数はこれだと思ってる。まだ子どもで加減が分かっていない人間が、冗談のつもりでやったことが、相手を毎日少しずつ削っているパターン。
10. やらかし名無しさん(>>9への返信)
(投稿者)社交性が足りないと言われた気がして一瞬身構えましたが……まあ、たしかに足りていませんでした。返す言葉がないです。
11. やらかし名無しさん
8歳のころ、モーガンという名前の女の子に親しみを込めて「モルグ」と呼んでいた。遺体安置所のことである。あのころ彼女がずっと変な顔でこっちを見ていた理由が、この歳になってやっと分かった。
12. やらかし名無しさん
中学のとき、ある男に「お前エルフみたいだな」と言われて、こっちはお菓子の箱に描いてある小人のマスコットのことだと思い込み、腹を立てて「デブ」と言い返した。何年もあとになって、あれが指輪物語のほうのエルフだったと知った。
13. やらかし名無しさん(>>12への返信)
つまり相手は普通に褒めてくれていたわけで、これはこれで結構な事故では。あちら側は今でも「褒めたのに突然デブと言われた」という記憶のまま生きている可能性がある。
14. やらかし名無しさん
自分は本当に出っ歯を理由に「バッキー」と呼ばれていた側の人間だ。しかもチアリーディング部の全員から。あの人たちは、この話の投稿者と違って、意味を分かったうえでやっていた。
15. やらかし名無しさん(>>14への返信)
(投稿者)それは……本当に、なんと言っていいか分かりません。ひとつだけ言わせてもらうと、歯はあなたのごく一部でしかないです。そして当時のチア部には一言申し上げたい。
16. やらかし名無しさん
素朴な疑問なんだけど、4年も同じ部活で毎日顔を合わせていて、相手の歯が出ていることに気づかなかったのか? そこが逆にすごい。
17. やらかし名無しさん(>>16への返信)
(投稿者)気づいていませんでした。本人はずっと気にしていたんだと思います。でも本当に、まったく目立たない程度だったんです。だからこそ余計にたちが悪かったな、と今は思います。
18. やらかし名無しさん
この話を読んでから、自分が昔つけたあだ名を片っ端から思い出して検算している。心当たりが二つある。三十年前の自分をいまから殴りに行きたい気持ちだ。
19. やらかし名無しさん
デイヴィッド側の胆力のほうがすごくないか。毎日面と向かって見た目を笑われていると思いながら、それでも普通に部活に出て、卒業式の日には笑って隣に立っていたわけで。強い人間だと思う。
20. やらかし名無しさん
救いがあるとすれば、その後の映画でバッキーがとんでもなく格好いい人物になったことだよ。あだ名の意味が三十年越しに上書きされたと考えれば、多少は報われている……といいんだけど。
21. やらかし名無しさん(>>20への返信)
(投稿者)それはもう、映画が公開されてからずっと考えていました。あれを見て少しでも気持ちが軽くなっていてくれ、と本気で祈っています。都合のいい話なのは分かっているんですけど。
まとめ
アメコミの相棒の名前から取った、気の利いたあだ名のつもりだった。相手は4年間、自分の出っ歯を毎日笑われているのだと思って黙って受け入れていた。海外の反応は「90年代にあの名前が通じるほうがおかしい」という擁護と、「ああ、もちろん、の一言が重すぎる」という指摘に大きく割れつつ、最後は自分が昔つけたあだ名を数え直す人が続出して終わった。デイヴィッドはその場で笑って許したが、投稿者のほうは三十年経ってもまだ許せていない。良かれと思ってつけた呼び名ほど、相手にどう届いているかを確かめる機会が永遠に来ない、という話でもある。


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